皆さんは唐突にクレープが食べたくなるということがないだろうか? 僕にはある。  そういうわけで、はじめて一人で町のクレープ屋さんに突入してきた。これはその汗と涙と結晶のレポートである。  当然ながら、一人である。いい歳こいたオッサンが一人でクレープを買いに行くのだから、それはとても恥ずかしい。でも、食べたいのだから仕方がない。クレープを食べる為にはクレープ屋さんに買いに行くしかない。  え? 誰か他の人に頼んだらどうかだって? そんなのはもっと恥ずかしい。クレープ買ってきてなんて、真顔で言えると思うか? そんなのは否だ。あんなもん女子供の喰いもんであって、男が喰うもんじゃない。  というのは世間一般の認識であって、俺個人の意見じゃあないからね? 全国のクレープ好きのみんなは誤解ないように。僕自身はクレープを愛している。  唐突だが、僕はクレープの皮が好きだ。  しっとりと焼き上げられた生地が何層にも連なりそれが、口の中で解放される――。それはまさしく至福のハーモニー。極上の幸せがそこにある。そして、生クリーム、チョコといった具材と織りなす絶妙のコンビネーション。それは至高の喜びと言えよう。  そんなこんなで、僕は唐突にクレープが食べたくなるときがある。そういうときは、コンビニで売っているおざなりなバナナロールみたいなもので、紛らわすか、たまに家族の誰かが買ってくるものを食すかで誤魔化していたのだが、今回はそれではきかなかった。無性に普通のクレープが食べたくて仕方がなくなったのだ。  町のクレープ屋さんはいつも繁盛していた。空いていれば、ささっと注文して、ささっと受け取って帰ってくることも可能であったろうに、僕がその店に着いたときも普通に繁盛していた。平日の2時だってのに客が4人もいた。  けど、僕は意を決して並んだ。周りに誰か知り合いがいやしないだろうかと気が気ではなかったが、なんとか耐えた。そんな緊張からか、周囲を見ていることができず、視線は常に同じ方向にあった。きっとおかしな人っぽく思われていたに違いない。  と、ここで僕はある事実に気付いた。並んでいた4人の内の一人が男性だったのだ。スーツを着たバリバリのサラリーマンっぽい容姿の彼は、一人でクレープ屋に並んでいるのにも関わらずとても堂々としていた。  ベテランだ。  僕はそう思った。一人で男がクレープ屋というのは普通にありなのか? と考えた。この男性の威風堂々とした様を見ていると、僕という人間がとても小さく思えて情けなくなった。クレープ屋に一人で並ぶことなんて、ちっとも恥ずかしくないよって。そう思えたんだ。  けどやっぱり他に並んでいる女性の視線がこちらにチラホラ、チクチク。  (あら、あの子、一人でクレープを買いに来たのかしら?)  (いやねえ。男が一人でクレープを買うなんて)  (そうそう。クレープというのは女の食べ物よ)  (そうよねえ。オホホホホホ)  視線はそう語っているかのようだった。僕はたまらず赤面して俯いた。しかし、そんな状況下でもスーツ男性は動じていなかった。女性の視線は間違いなく、スーツ男性にも向けられていたが、まるで気にしていなかった。  ベテランだ。  再びそう思った。そして、僕は彼がとても格好良く見えた。  彼の番になり、彼はまるで英国紳士のような淀みのない華麗な足取りで、注文へと向かった。効果音を付けるとするなら、間違いなく「スッ……スッ……」という具合だったろう。そして、彼は言った。  「生小豆ロール一つ。トッピングは白玉で。お持ち帰りじゃなくていいです」  ――何もかもが完璧だった。通としか思えないメニューチョイス、無駄のない注文の仕方。しかも、お持ち帰りの否定。  見ると、並んでいた女たちがクスクスと笑っている。そりゃあ、そうだろう。英国紳士が生小豆ロールにトッピングの白玉だ。日常の中の非日常という感じで、アンバランスな面白さがそこにはあった。しかし、彼はそんな揶揄をまったく気にしていない。注文の品を受け取ると、それを右手に持ったまま、英国紳士の足取りで町へと消えていった。  それを見て、僕は自分自身がとても矮小に思えた。まったく下らないことで、恥ずかしがっていたものだと。別に一人でクレープを買ってもいいじゃん。お持ち帰りをしてもいいじゃん。トッピング白玉してもいいじゃんと。  そんなこんな僕の番が回ってきて、覚悟を決めた。堂々としていればそれでいいんだと。男らしく注文して受け取って帰ればいい。よーし、行くぞ。  「フレッシュ苺生クリームいちごクレー……あ、とにかくそれ下さい(メニューを指さす)」  うん。噛んでた。恥ずかしかった。注文の品を受け取って、そのまま店員の顔や店の様子を見ることもなく、逃げるように帰ってた。  でも、クレープはおいしかった。おしまい。