世の中には数え切れない程の芸人がいる。
彼等は明日のスターになることを夢見て己の芸を磨き続けている。陽の目を浴びるまで芸の刀を研ぎ続けている。
だが、その研磨が役に立つものは少ない。大抵の者は鞘から抜かれることもなく、歳を重ねやがて錆びてゆく。芸能界という大海原に呑み込まれ、その藻屑と消える。芸能界の荒波を乗りこなせるものは極一部だ。
『バナナマン』の設楽統もそんな芸人の一人だ。『バナナマン』結成から14年。既にベテランとも言える領域。多くの後輩が冠番組を持ち、人気スターとして華々しく活躍している中で、設楽は未だに下積み生活を続けていた。
だが、いつの日か、陽の目を浴びることを未だ信じていた。そして、それを糧に営業とバイトの貧乏生活を根性で続けていた。絶対に売れてやる! スターになってやるんだ! その一心で頑張っていた。
そんな設楽であったが、ここ数年、ようやくテレビの仕事が増えつつあった。世間の認知度もアップし、今の芸人ブームに乗っかりつつあった。
しかし、それは設楽統の活躍というよりは、『バナナマン』の相方である日村勇紀の存在によるものが大きかった。
今やお家芸とも言える子供の時の貴乃花親方のモノマネ。トドのような風貌、インパクトのあるキャラクター、さらさらキノコヘアー。タートルネックのセーターを使った禁断の鬼頭のモノマネ。テレビ的受けするキャラクターだった。
またテレビ番組の『リンカーン』で日村がギャルサーに入会するという企画があった時に、番組史上最高の視聴率を取るという出来事があった。これで『バナナマン』と日村の知名度は飛躍的に増すことになる。
だが、相方である設楽はどうだろうか? 日村に比べ、設楽の知名度は低かった。初期の頃の『ナインティナイン』の矢部、『ずん』のやす、『紳介竜介』の竜介、『ツービート』のきよし、『メッセンジャー』のあいはら、『ペナルティ』のヒデ、そんなポジションに置かれていた。世間でも『バナナマン』の日村ではない方という言い方をされていた。
誰が言ったか枠無し芸人。そのお陰で『アメトーーク』の枠無し芸人の回にピンで出場することは出来たが、設楽は芸人としてのポジションに危機的なものを感じていた。TBSの特番で料理の腕を披露し、好評を得たこともあったが、芸人として考えればダメだった。
コンビで相方のみが売れて解散、もしくは事実上の解散をするというケースは非常に多い。『レイザーラモン』しかり、『オアシズ』しかり、『DonDokoDon』しかり。『チュートリアル』もちょっとそんな臭いがする。
それだけ、この世界は厳しいということである。故に設楽は危機感を覚えていた。なんとかしなければならない。自分のキャラを確立しなければ、生き残れない。どうにかして、芸人としての存在感をアピールしないと、日村は生き残ったとしても自分は危ない。
そんな焦燥感と、少し忙しくなったことによる疲労、エトセトラ、エトセトラ。
だから有り得ない凡ミスが起こる。
※※※
3月某日。
――それは、タバコの不始末による火災だった。
設楽の自宅の自室が燃えた。消した筈だったタバコ。それなのに、消えていなかったタバコ。悔やんでも悔やみきれない後悔の念。一番やっちゃいけないコトだったのに。設楽はその愚を犯してしまった。
自室が燃えたのみで、他の家に迷惑をかけることがなかったのが、不幸中の幸いといえばそうなのだが、それでも一部屋丸焦げだった。
持っていた洋服、写真、PC、CD、DVD、家電、その他一式みんな燃えた。これから収録がある『イロモネア』の為に用意してあったネタ帳もみーんな燃えた。さようなら、かけがえのない思い出達。無事だったのは家族の命と、ドロドロになりつつも生きていた携帯だけだった。いや、家族の命が助かったのは何よりか。
それでも設楽は放心していた。自分が情けなくなり、半ばやけになりつつあった。ぶっちゃけ、凹んでいた。だが、それでも一家の長として消防や警察に連絡を取り、後始末をし、これからのことを考えなければならなかった。
芸人として頑張って、家族のことを支える!
それが設楽にできる唯一のことだったが、今日の今日でそう簡単には頭は切り替わらない。人を笑わせるという稼業に大して億劫になる。こんなテンションで『イロモネア』の収録に向かえるのだろうか。
いや、大丈夫だと思わなければならない。自分は子供じゃない。嫁だっているし、子供だっている。テレビとプライベートは別個に考える! 今日の収録で100万取ってきて、それでリフォームするくらいの前向きな姿勢でいなくちゃダメなんだ。
設楽統は強引に頭を切り換えた。前向きに、前向きに。
※※※
~『イロモネア』について~
『イロモネア』とは正式には『ザ・イロモネア』というTBSのテレビ特番である。『ウッチャンナンチャン』を司会にすえ、芸人達が観客を笑わし、そのレベルの応じた賞金を得るという番組である。
芸人達は、観客の中からランダムで選ばれた5人の内3人を『モノボケ』『一発ギャグ』『サイレント』『モノボケ』『ショートコント』という5つのジャンルで、笑わせなければならない。また、最後のジャンルについては5人全員を笑わせなければならない。全てクリアすれば賞金100万円。
制限時間は各ジャンル1分間。ジャンルは好きな順番で選ぶことができる。また、全てのジャンルに挑戦しなくても、途中で止めることも可能であるが、番組的にそれをするものはいない。
※※※
火事発生から6時間後。
『イロモネア』の収録の為に、TBSへとやってきた設楽と日村。楽屋でタキシードに着替え、本番を向かえる。本来ならばスーツを着用予定であったが、それも燃えてしまった為にタキシードでの参上である。
スタジオのメインステージでは司会である『ウッチャンナンチャン』のトークが始まっていた。今でこそテレビのレギュラーは一本もないが、かつてはテレビ会にその名を轟かせた『ウッチャンナンチャン』。それは『バナナマン』がいつか到達したい距離。
設楽はデビュー当時、25歳くらいで自分の番組が持てると思っていたが、そんなに甘い業界ではなかった。冠番組どころかテレビ出演すらままならず。しかし、下積み生活の長い芸人は強い。『オリエンタルラジオ』や『キングコング』のような若年ブレイク組よりも、『次長課長』や『タカアンドトシ』のような叩き上げの方が生き残る可能性は高い。『バナナマン』もそうあるんだ。若い奴に負けてたまるか!
胸に秘めた設楽の決意がそこにはあった。
『バナナマン』はトップバッターでの登場だった。トップバッターというのは、番組側からしてみれば大いに期待されているポジションである。勿論、後半やトリの芸人達に比べればプライオリティは下がるが、これで視聴者を掴まなければ速攻でチャンネルを変えられてしまう。だから、それなりに笑いの取れる芸人があてられる。『バナナマン』にとっては名誉あることであった。
「そういうわけで、まずは『バナナマン』の挑戦でーす』
「どーもどーもー」
内村光良が『バナナマン』を紹介する。『イロモネア』は6回目の挑戦。過去4回ファイナルステージまで進んでいるが、未だ100万獲得の経験はなし。
「そういえば、今日大変だったんだよな? 昼間」
南原清隆がさっそく件について触れる。
設楽はここで笑いを取りたかった。今は芸人紹介のフリートーク部分であるが、ここで観客の心を掴んでおいた方が本番で笑いを取りやすい。重要な場面であった。
「うち、火事になってしまいまして」
「ええええええええ」
観客から青い声が。ドッカーンという笑いを期待していた設楽であったが、観客の反応はドン引きであった。どうでもいいが、ドン引きとは土田晃之の作った言葉である。
(しまった)
設楽は心の中で舌打ちをする。空気が凍ったままで本番を向かえても観客は殆ど笑わない。しかし、ある程度掴んでさえいれば、勢いでなんとかなる。だが、その勢いが削がれてしまった――。
「あのー、原因は何ですか?」
と、内村光良。
「タバコのー、不始末です」
「ワハハハハ」
「一番やっちゃ、いけないヤツです」
観客から笑いの声が。設楽は恥ずかしかったが、内心ほっとしていた。これでやりやすい環境で本番を向かえることができる!
「今日の……6時間前です。だから言うのもなんだと思ったけど、やっぱホットなうちにこの情報を」
「「「ワハハハ」」」
大受けする観客達。
「100万獲ったらどうしますか!」
「リフォームします!」
設楽は力強く答えた。
「「「ワハハハ」」」
こうして『バナナマン』の『イロモネア』チャレンジが始まったのであった。
※※※
「最初のチャレンジはどれいきますか」
「「モノマネで」」
「必ず、これで行くと?」
「ええ」
自信に満ち満ちた日村の顔。日村のモノマネといえば、アレしかない。観客もそれを分かっているようで、モノマネコールをした直後にもう笑いが起きている。さっきのトークで掴んでいた分、やりやすい環境になっていた。良い流れだ。
「再放送なんじゃないか、と言われるかもしれませんが」
「「「ワハハハ」」」
「さあそれでは。モノマネで『バナナマン』のファーストチャレンジです。スタート」 「えー、子供の頃の貴乃花。あのねー、ぼくねー」
「「「ワハハハ」」」
9秒でクリアだった。鉄板ネタとは言え、空気の状態が素晴らしすぎた。
「「よし」」
「続いてはどのジャンルでいきますか?」
「「ショートコント」」
「ショートコントでのセカンドチャレンジ、スタート!」
「電車!」
「ガタンゴトンガタンゴトン」
「(車内放送の声色で)次は新宿~新宿で~、ございます」
「あー、次か」
「(車内放送の声色で)[ブッ]あ、屁こいちゃった」
「「「ワハハハハ」」」
「クリアー」
11秒だった。流れは確実に『バナナマン』に向いていた。
「いけるいける!」
他の芸人達からも応援の声が響く。
「逆にがっついてないよね」
「そう、がっついてない。何かを――超えた?」
内村の指摘、それは設楽の火事のことであった。あの経験は苦いものであったが、今はそれが生かされている? そのお陰で余計な力が入らず、芸に集中することができている?
設楽は何かしらの領域に入っていた。もしこの世界に笑いの神様がいるとしたら、この時、彼には笑いの神様がついていたのかも知れない。そんな領域にいた。
「それではサードチャレンジのジャンルを選んでください」
「「一発ギャグで!」」
「さあ、それではサードチャレンジスタート」
「それではジャンケン大会いきますよー。せーの」
「最初のキッスは15の春!」
「「「ワハハハハ」」」
10秒でクリア。これも鉄板ネタといえば、鉄板ネタであったが、まさか10秒でクリアできるとは。設楽自身ですら、この展開に驚いていた。そして、100万円が見えつつあった。この流れなら、もしかするともしかするかもしれない。いけるかもしれない。
「それではジャンルを選んでください」
「「モノボケで!」」
「ええええー」
「サイレントを最後に」
「マジでー?」
「「「ざわっ・・ざわっ・・・」」」
観客も他の芸人も司会の『ウッチャンナンチャン』も驚いていた。サイレントを最後に残してのモノボケ選択。なぜなら最後のチャレンジでは5人全員を笑わさなければならない為、言葉を発することのできないサイレントでは非常に不利だからである。3人笑わせばOKなフォースステージまでにサイレントを消化しておくのが、100万獲るためには必須条件とも言えた。
「それでは参りましょう。モノボケでのフォースチャレンジスタート!」
「あっ、そっちかーい」
「「「……」」」
ここで日村が本日初滑りをしてしまう。ピクリとも笑わない観客。これはヤバかった。意味不明な日村の奇行。空気というのは一瞬で凍り付く時がある。その状態になっていた。そうなってしまうと、ちょっとやそっとのネタでは笑わすことができなくなる。焦る日村。残り時間で修正できるのか?
だが、この日の設楽には笑いの神様がついていた。跳び箱の上の段を徐に中央へと持ってくると、『メッセンジャー』黒田のような無表情な顔でこう言った。
「これー、テーブルにつかえるんじゃないかな?」
「「「ワハハハハハ」」」
日村が滑ってからわずか7秒での逆転劇。再び温まるスタジオの空気。ミラクルだった。
「旬のネタでやってきましたね」
「こうなったら本当にリフォーム代稼ごうかと」
「さあ、トップバッター初の100万円獲得なるか。サイレントでのラストチャレンジスタート!」
ラストチャレンジのサイレント。なぜ二人は不利なサイレントを最後に持ってきたのか? 100万円を取ることよりも、確実にファイナルまでいって自分達のオンエア時間を少しでも確保する為という芸人もいることはいるのだが、設楽と日村には秘策があった。だから、これは攻めのサイレント残し!
『くりぃむナントカ』で次長課長がやっていた転け芸! あれを独自にアレンジしたネタ! 二人には自信があった。それに今は笑いの神様が降臨している! 何をやっても滑らないオーラ! 芸人としての風格が漂っていた!
サイレントでは一言も言葉を発してはならない。故に複雑なことをやろうとすると、観客には伝わらず笑いが取れなくなる。そういう時、強いのがベタである。
それは『バナナマン』がバナナで滑る、というベタにも程があるネタ。だが、設楽と日村には自信があった。サイレントで最後クリアしてこそ、カッコイイ。それが彼等達の美学!
そして、日村はバナナで転ぶというパントマイムを見せた。見事な転び方であった。非常にベタだった。
「「「ワハハハ」」」
一人が笑い、二人が笑い、三人、四人と笑った。
「――!」
――しかし、最後の一人が笑わない。表情が動かず、ネタに反応しない。
設楽と日村は焦った。サイレントでは爆発させるような笑いを取るのは難しい。だので、短期決戦。最初の30秒が勝負だと思っていた。そこで一人の取りこぼした。
一人の取りこぼし、というのは『イロモネア』では非常に厳しい事態である。一度笑わなかったら、1分くらいは全然笑わない。表情が固まってしまうと、同方向ではダメで別方向の刃が必要となる。しかし、1分という制限時間でそれを成すのは厳しい。
これに多くの芸人達が破れてきた。かつての『バナナマン』もそうであった。焦りが焦りを呼び、あっと言う間に時間が訪れてしまい終了。何もできない。そんなパターン。
だが、今の設楽統には笑いの神様がついていたのだ。
残り16秒。焦燥している日村を横目に、設楽はタキシードのポケットからドロドロになった携帯を取り出し、観客に見せた。
「「「「ワハハハハハハ」」」」
「クリアーーーーーー!!」
スタジオに鳴り響く内村の声。
6回目のチャレンジにて、『バナナマン』初の100万円獲得の瞬間だった。
「「よっしゃーーーーーーーーーーーーー」」
抱き合う設楽と日村。長い芸人生活の中で、始めて大きなスポットライトが当たった瞬間だった。
この100万獲得は日村ではなく、設楽の功績が大きかった。設楽はそれが嬉しかった。芸人として、始めてテレビで活躍できた気がした。
「俺、知らなかったよ、こんなの(ドロドロ携帯)持ってるなんて」
「いやまだ。消防や警察と連絡とらないといけないんで」
「おまえ、これ、ある意味宝物だよな」
「燃えた近くにあって、つかえねーだろと思って見てみたら生きてたんですよ」
そういって携帯を開く設楽。半開き以上は開かなかったが、携帯は確かに稼働していた。
「今日、火事の話しにきたの?」
と『次長課長』の河本。
「最後の一人、一切食いついてなかったのが、これ(携帯)で大爆笑」
と内村。
「こういう形ではありますけど、僕ら始めて100万獲りました」
二人の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。感無量である。
「おめでとーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
「ありがとうございます! 火には充分注意してください!」
※※※
~エンディング~
結局、今回100万円を獲得したのは『バナナマン』のみであった。それは今回の『イロモネア』が『バナナマン』のものであったことという意味でもある。いろんな意味で風が吹いていた。
「終わってみると、『バナナマン』のみ100万」
「「「おおお」」」
「ありがとうございます!」
「奇跡の携帯、見せてもらっていいですか?」
「これです」
「写メ取りますか?」
「始めてだな、記念写真とるの」
「いくぞー」
パシャッ!
芸歴は既にベテランの領域だけど、テレビ上ではまだまだ出始めたばかり。この芸人ブームがいつまで続くかはわからないけど、設楽統と『バナナマン』なら大丈夫。だって、彼は奇跡の芸人だから。今回『イロモネア』で見せた奇跡。笑いの神様に見初められた彼なら、きっとこの厳しい芸能界を乗り切れる! だから、大丈夫。
芸人、設楽統の人生はまだまだ始まったばかりだ!
お終い。