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2007年04月23日 / 意外性をモットーに

 昔書いたボツ文章が出てきたのでアップしてみる。いやもしかしたら以前アップしたのか? よくわからね。だって、うちの端末にはこんな文章が盛り沢山あるんだからね! 書いたもののアップできない文章、中途半端になってしまったものがてんこ盛り!

 更新としてアップされているのは、『幽々白書』の美しい魔闘家鈴木風に言えば「持っている1000の技」の中の一つということです。や、途端に胡散臭くなった? まぁいいや。いつ書いたのかは不明。恐らく2年くらい前だろうか。というわけで、どうぞ。

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 意外性をモットーに。

 人は常に刺激を求めている。安穏とした毎日に飽いている。平和なことは良いことだけど、何か面白いことがないだろうかと思っている。自分にとって厄災にならない程度に愉快な出来事が起こらないかと願っている。

 いつだったか。numeriのpatoさんが日記を2時間くらいで書いているという話を聞いて衝撃を受けたことがある。numeriの日記と言えば長文で有名だ。文字数で言うと平均して4000字はくだらない。原稿用紙に換算すれば10枚ということになる。120分で10枚だから、1枚を12分で書いているということ。1分で30文字ちょい、2秒で1文字。

 勿論、構想のようなものがあってから執筆にかかるのだろうから、完全に考えながら文章を打っているわけではないだろう。しかし、それでもある程度は構想を推敲しながら文章を作っている筈だ。起承転結を考えて、時には笑いあり、時には涙ありの文章を作るという作業は意外に難しい。

 特にテキストサイトの日記なんていうものは、ゲラゲラと笑えるようなものでなければ詰まらない。いや、中には専門的な知識などを披露して「う~む」とマンダムポーズさせるようなサイトもあるだろう。婦女子が自身の赤裸々な体験を綴ってドキドキとさせるサイトもあるだろう。有名人などは日常の出来事を普通に書くだけでも形になる。

 しかし、テキストサイトの人間はそうはいかない。知識もない。取り柄もない。何もできない。だが、何かしらの主張はしたい。自分は本当は凄い才能を持っていると信じて疑わない。そんなアレな人種なのである。

 そこで面白さを出す為には笑いを取るしかない。読んでいる人をゲラゲラと笑いの渦に巻き込むしかない。皆さんも一度くらいはクラスのみんなを(〃≧▽≦)ぶはは!!と笑わせた経験とかあるのではないでしょうか? それは「帰りの会」の黙祷時間にクラスがシーンとしている中で「へっくしょん!」とクシャミをしたりだとか、卒業式で卒業証書を貰う際、返事をするときに「ふぁい!」とか裏声で言ってみたりだとか。そういうことである。あ、ちなみにこれは僕の話なんですけどね。つまりはまぁ、そんな感じで笑いを作って提供するしかないのである。これは詰まらない例ですけど。

 勿論、そこまでして続ける意味はない。しかしながら、テキストサイトの人間というのは何もできないけども何かしら主張したいと思っている人達なので、続けたくなるのである。矛盾が発生しているがこれはそういうものなのである。納得するしかない。

 そこで頭が痛くなる。笑いというのはセンスだ。いわば温泉みたいなもので、突如吹き出してくるものなのである。引き出しに締まっておいて取り出すものでもない。長年生きていることで蓄積されるものでもない。なんというか、神懸かり的な「降りてくる」とでもいうのでしょうか。とにかく曖昧なものなのである。

 そういう不可視なものではあるから、結局のところは駄目なものは駄目、良いときは良いということになるわけで、どうにもこうにもI can notということになるのである。

 だが、僕にも色々と藻掻いていた時期があった。頑張れば「面白いヤツ」になるのではないだろうかと。なんていうか、「面白いヤツ」に憧れがあったのだ。「面白いヤツ」というのはいつだって面白い。それでいて輝いている。羨望のまなざしがあった。ヤツは次にどんなことを言ってくれるのだろう。常に期待されていた。

 これは僕が高校時代の話だ。なお、「長い前置きの末に昔話になるのが何処かで見たことのある構成だ」という突っ込みは受け付けないのであしからず。

 高校時代というものは、よくわからないことが身内で流行ったりする。それはトランプの大貧民であったり、単なるしりとりであったり、昔の漫画であったり、教科書の隅に描いたパラパラ漫画であったり。そんなことをしている暇があったら、漢字の一つでも覚えろという感じなのであるが、理で計ることができないのが高校生。性交渉の話題で最も盛り上がれるのが高校生。「○○が●●とセックスした」という下世話な話題で盛り上がれるのが高校生。「女の下半身には3つの穴がある」とかで盛り上がれるのが高校生。大人しくしていれば良いものの問題を起こして3年生の2学期にもなって退学者が出るのが高校生。要するに個性の塊なのである。

 これが大学以降になるとそうでもなかったりする。ある程度、自分と似通った個性の集団通しの付き合いになってしまう為に新鮮さというものを感じにくくなる。そういう意味で高校生というのは最後のランダム集団とも呼べるのではないだろうか。「いろんなヤツがいた」みんなもきっとそう思っている筈。そう思っているよね? そう思っているなら、そう思っていると言え!

 コホン。
 で、そのとき流行っていたのが古今東西ゲーム。まったくもって良くわからない。とんねるずが古今東西卓球をしていたのはこれよりもさらに昔の話だったし、他のメディアでも古今東西を取り上げているものはなかった筈だ。それなのに古今東西。ちなみに古今東西というのは、テーマを取り上げてそれに該当する言葉を次々と言っていくというしりとりみたいなゲームである(ちょい違う)。

 その古今東西。これが単なる古今東西であるなら、流行ることもなかった。特筆すべき(酷かった)のはそのテーマ。

 「汚いもの」であったり、「エロいもの」であったり、「放送禁止用語」であったり、「教師の悪口」であったり、とにかく頭が悪かった。けど、これが若さっていうものだよね。みんなも同じような感じだったよね? うん、そうだよ。きっとそうに決まってる。

 でさ。良く分からないけど盛り上がっていたのよ。良く分からないのに盛り上がっているとは何事だという感じなのだけど、まぁ若さってのは勢いがあるってことだから、そういうモノだと納得して欲しい。雰囲気がそうだったということなのさ。

 そこにだ。達人がいた。これがクラスの人気者、中心人物とかなら話はわかる。けど、そうじゃなかった。どちらかというと地味な存在。似顔絵に書きにくいタイプの男だった。普段は目立たない普通の生徒。それがこのゲームに関しては化けた。普段は目立っていなかったけど、実は密かに狙っていたんじゃないかと思われるほどだった。

 真顔で「朝ご飯は納豆しか食べたことがない」とか言ったり、「エロいもの」を連想する時に「納豆」と言ったり、「汚いもの」を連想するときに「うんこをした時のかえり水」と言ったり、なんというか普段のキャラクターからは想像できないボキャブラリーっぷり。

 そのキャラクターぶりにクラスのみんなが大爆笑をしていた。なんだ、普段は目立たないけど面白いヤツじゃんかコイツと。僕は悔しかった。まるで品川祐のように悔しがった。悔しがる理由がわからないのだけど、彼に嫉妬心のようなものが芽生えたんだな。

 そしてこの時、僕は意外性が人を笑わせるのだなと思った。

 ――僕の座右の銘「意外性をモットーに」が生まれたのはこの時だった。

 意外性が人を笑わせる。ギャップこそが面白い。そうやっていけばいいんだと。

 もっともこれ以降、彼のあだ名が「かえり水加藤」になってしまったのだけど、そんなのはどうでもいい話だ。

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 おじさんはね。才能のある人間じゃないよ。そんなことはわかってる。これは謙遜でもなんでもない。ただの凡夫だってことはわかってるんだ。けどもね。19年もサイトを続けているのだから、少しは能力がアップしているだろうという自負はあったのよ。

 1999年よりも2000年の方が、2000年よりも2001年に書いた文章の方が面白くなっている、そういう風に思って・

 でもこれ見たら全然変わってねぇじゃねーか!!!
 くっそー。

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