朝起きた途端に違和感を覚えた。全体的に身体が重く、頭痛も痛い。頭痛が痛いとは重語なわけで、米のメシみたいな言葉であるが、そんなことはどうでもいいことだ。
全身の機能をチェックし、活動に支障がないか調べる。活動そのものに問題はない。四つ足動くし、発音機能も正常だ。以前、酒の飲み過ぎて喉をやられてどうにもならないガラガラ声しかでなかったことがあるが、今は大丈夫。問題ない。
しかし、全身を囲繞する倦怠感はどうにもならなかった。身体にハリガネを挿入されたのか如く、動きが思い。関節がギシギシと言っているように重い。正常に動かす為には脳組織にいつもよりも強く命令することが必要だった。
動け、動け、動け、とまるで碇シンジのように念じないと動かない。
要するに風邪だった。
これはマズイと思った。なぜなら、今日は忙しい日なので、どうしても出勤しなければならなかった。風邪になった場合は周りの同僚にうつすといけないから家で大人しく寝ていろという説もあるわけだが、僕の仕事は他人とあまり接する機会のないものなのでその理屈は通用しなかった。
これがオフィスでのデスクワークといった部類の仕事であるなら、速効でお休みすることを選択したのかも知れないが、そうではなかったということだ。
周りにうつす可能性がないのなら、あとは自分自身との闘いだ。気合を入れて働くか、それとも大事をとって休むのか。しかし休むとなると、後でエライ大変なことになるわけで、なるべくなら今日は出勤した方が良かった。
しばし、考える。
そして当然ながら、僕は出勤の道を選んだ。ぶっちゃけ、休む方が大変なのだから、今はムチ打ってでも働いた方がいい。それにもしかしたら、この風邪は気のせいかもしれない。喉が痛いわけでもないし、咳が出るわけでもない。単なる発熱だ。知恵熱みたいなものかも知れない。
一瞬、インフルエンザか? という考えが頭を過ぎったが、インフルエンザにしては症状が軽い。というか、インフルエンザだとしたら身体がまったく動かない筈。つまり、これは風邪もどきなんだよ。そうなんだよ。
というわけで、出勤を決意し身体を動かす僕。しかし、思いの他シンドイ。これは……ちょっとヤバイんじゃないのか? と思うが、全部気のせいだということにする。
病は気から、風邪気味だよ風邪気味だよ言っているから本当にしんどくなるわけで、全部気のせいだと思うことにするのが一番。だから、風邪気味であるとか調子が悪いであるとかは、誰にも言わずに一日を過ごすことに決めた。
◎ルール
1、自分の調子がイマイチということを誰にも言ってはダメ
2、調子が悪いことを悟られてもダメ
3、当然、いつもと同じように仕事をする
この条件がクリアできれば、誰にも迷惑をかけない筈。まあ大丈夫さ。最近、身体の調子が悪くなったことなんてなかったから、ちょっとビックリしているけど、多分ナントカなる筈。
そうこう考えている内に会社へと着いた僕。考えている内にってそんな簡単に着くものなのか? と思われるかも知れないが、自宅から会社まで3分という立地条件なのであっと言う間に着いちゃうのである。コンビニか!
「おはようございます」
会社の人々に挨拶をしてゆく僕。心持ちいつもよりも元気よく挨拶をする。「顔色が悪いな」などと言われればアウトだ。何がアウトなのかは僕にも良くわからないが、自分で決めたルールを遵守するというのは意外に楽しい。
そんなこんなでいつもの一日が始まった。しかし、開始早々に関節が痛い。身体を動かす度に、関節が悲鳴を上げているようでとても辛い。労働が始まってしまえば、症状も収まるのはでないかと考えていたがそれは甘かった。大甘だった。
ギシギシギシギシ。まるで油の切れたブリキのオモチャである。はたまた昔懐かしのロボットダンスか。とにもかくにも珍妙な動作をしていたことに間違いあるまい。そんな姿を同僚に見られたら、一発でアウトである。
こういう時は気合である。脳みそにまともに動作するよう命令する。違和感のないように、違和感のないように動く。
気合を入れ直したお陰で動作から不自然さは消えた。しかし、表情が固まったまま変化していなかった。なんだこれは。脳みその神経を身体に収集させると顔の表情に問題が発生するという由々しき事態に。勿論、表情に集中させると身体の動作がぎこちなくなる。
やはり最悪の体調なのだろうか。気合でどうにかなるという問題ではないのだろうか。いや、病は気からと言うではないか。何事も深刻に考えるからいけないのである。こういう時は大したことじゃないんだと念じるのが一番。元気ハツラツ、元気ブンブンである。
だが、やはりどうにもならなかった。いくら脳みそに命令しても身体が言うことを聞いてくれなかった。人間の身体能力というのは良くできていて、たとえ脳みそが命令したとしても言うことを聞いてくれない時があるのな。
とどのつまり、体調はより一層悪くなっているということだ。やはり休んでおくのが正解だったのだろうか。いやでも、今日休んだら後で大変なことになるわけで、どうにか今日の分だけはこなしておく必要があった。でも、身体は動かない。辛うじて脳みその論理的思考は正常であるが、それもいつ犯されるかわかったもんじゃなかった。
しかし、僕は諦めなかった。
体調がダメなら副隊長を呼べばいいじゃないか。いや意味わかんねぇし。副隊長って誰だよ俺。体調と隊長をかけているのか? だとしたら、とても詰まらない。どうにもこうこうにもI can notだった。
そしてふと思ったのである。ああ、怠い怠い悪化している悪化している言ってるけど、こんな思考回路が働いているのならまだまだ余裕はあるのだな、と。
……。
そういうわけで、そんな思考を繰り返している内に、無事終業となったのである。これぞ紛らわし作戦。どうでもいいことを考えている内に本筋の体調不良を忘れさせるという技。結果論ですけどね!
帰路。僕は妙にハイテンションになっていた。体調不良を誰にも悟られなかったことに、「おー、すげー」と思っていた。でも、それに少しだけ寂寥感を覚えていた。何やってんだかと。
そして思ったのである。実は俺のことなんて誰も見ちゃいなかったんじゃなかろうかと。凄くも何ともなく、体調が良かろうが悪かろうが、誰も俺のことなんか気に止めちゃいなかったんじゃなかろうか。
今考えてみれば、日中の俺の動きはおかしなものだった。バレない方がおかしい。それがバレなかったということは、誰も俺に興味がないということだ。それは、会社の人間だけではなく、家族の者も含めて。
そう考えたらとても虚しくなりましたとさ。おしまい。ちゃんちゃん。