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2007年05月04日 / 体験してようやく理解する人間は凡夫

 僕が初めて馬券を買ったのは高校生の時だった。

 友達に購入を勧められ、僕はよくわからないままにメジロドーベルという馬の単勝を買った。95年の有馬記念だった。直接競馬場に買いに行ったのではなく、代理購入を頼むという形だった。それで的中したら少しの分け前を与えるという……まぁいわゆるノミ行為というヤツである。ちなみに歴とした違法行為なので、皆さん真似しないように。

 結果は惨敗だった。

 その時勝ったのがシルクジャスティスという馬。鞍上は藤田伸二。2着はマーベラスサンデーで武豊が乗っていた。

 賭けていた金額は1000円。オッズは確か10倍くらいで、1000円が10000円になったらいいなぁとか思っていた。馬柱の見方も良くわからなかったので、友達に教えて貰った。メジロドーベルを買った理由は近走の着順が良かったということと、配当的妙味から。馬のことなんて全くわからなかった。当然ながら、メジロドーベルが牝馬であるということすら知らなかった。

 そう。牝馬限定戦でこそ強かったメジロドーベルであったが、混合となるとからきしでとてもじゃないが買える馬ではなかったのだ。しかも有馬記念といえば牝馬の来ないレース。後にエアグルーヴ、ファインモーション、トゥザヴィクトリーなど好走・人気する馬はあったものの、1着にくることはなかった。

 そんなことはつゆ知らず。また外れたことを知っても特に感慨はなく。世の中そんなに甘くはないのだなぁとか子供のような感想しか持たなかった。またレースそのものも見ていなかった。よくわからず、なんとなく。雰囲気。それだけだった。

 それから4年の月日が流れ――。そんな過去の思い出もすっかり忘れた頃。僕は別の友人に再び競馬を勧められることになる。当時の僕は大学生で暇を持て余しており、そんな折での話だった。またもや、なんとなく。暇だったから。競馬そのものに興味があったのかと言えばなかったと思う。この頃の気持ちというのは、今思い出そうとしてもぼやけてしまいはっきりしない。

 舞台は今は無き高崎競馬場。そこでは高崎競馬が開催されているだけではなく、JRAの場外馬券場として中央競馬の馬券を買うこともできた。というよりも、あの頃の高崎競馬は末期状態でほとんど客は入らず、場外馬券場の売り上げが収入の大きなウエイトを占めるという様であった。確か売り上げの5%だかなんだかが高崎競馬場の取り分なのだとか。それは確かに大きい収入。

 そんな話はさておき。
 その時、僕は『清水ステークス』というレースでトッププロテクターという馬の単勝を1000円買った。購入した理由は友人のお薦めだったから。ただそれだけ。僕は例によって馬のことなんて全く知らなかったし、この馬がどんな馬なんていうのも全然わからなかった。まぁなんとなくというか。付き合いというか。折角、競馬場にまで来ているのだから、とそんな理由。馬のことは良くわからなかったが、近走の着順は良くなかったし穴馬だったのでそんなに期待はしていなかった。まぁ、世の中そんなに甘くはないよなぁと。ビギナーズラックなんて言葉はあるけど、それは結果論が示す言葉なわけで。実際は素人が手を出してもそう上手くはいかない。

 だが、それが1着。単勝配当930円。購入時のオッズが10倍を超えていたので、えらくガッカリしたことを覚えているが、その時思ったことは「あの時の1000円を取り返したな~」ということだった。やたら金にがめつい儂。そして、次に全身の血が沸騰するかのような高揚感。大したことはない払い戻しであったのにも関わらず、「うおおおおおおー」とか叫んでいた。なんていうか、今までにはない感覚というか。新鮮だったというか。今考えればバカみたいなのだけど、横にいた友人よりも遥かに喜んでいたと思う。

 きっかけはそこだったのだろう。僕は競馬が好きになった。そこに浪漫を求めるようになったし、金を張るようにもなった。1000円だった金額が2000円になり、5000円になり10000円になった。当時のスタイルは堅いところにガツンと貼るというやり方で、今考えてみればアホみたいである。でも、その時は穴馬の見つけ方なんてわからなかったし、強い馬が普通に勝つのが競馬と信じていたのだ。けど、なかなか当たらなかった。これは来ると信じた馬が2着、3着に破れ外れるというシーンが何回も繰り返された。惜しい、惜しい。悔しい、悔しい。だから、それを取り返す為に貼るというとても危険な思考回路になっていた。

 そして、むかえた有馬記念。競馬をやらない人でも知っている超有名レース。そこで膨れあがったマイナスを取り返す為に貼った金額は10万円。ぶっちゃけアホである。破産する人間の典型的なタイプというか。熱くなったら止まらない。猪突猛進。

 普通なら、ここで負けてご破算というのがありがちなパターン。それは古来から繰り返されてきたギャンブラーの行く末であったし、ここを読んでいる人もそういう展開を期待するであろう。人生そんなに甘くない。ギャンブルで勝てるなら苦労しない――と。

 しかし、奇跡が起きた。10万円の一点買いが見事的中し38万円になった。それまでの負け分を一気に取り戻し大幅プラスに。

 ターニングポイントは間違いなくここにあった。のるかそるか。いくのか? それともドロップアウトするのか? この20万ちょいの勝ち分を懐に収めるというのも、一つの手であった。

 ここでまともな思考回路の持ち主であるなら、ドロップアウトを選択する。人生に一発逆転は2度ない。今まで負けていた分を取り戻し、おつりまで来たのだからこれで良しとしなければならない。この勝ち分をさらに増やす……なんて思考はとても危険。廃人人生驀(まっしぐら)。馬券とはこれでおさらばするのが正解。

 大体考えてみればわかるのだが、競馬には控除率というものが存在する。いわゆる胴元の取り分というヤツで、日本では約25%と定められている。つまり10000円賭ければその時点で2500円はJRAに吸収されるということになる。即ち、貼り続けて勝ったり負けたりを繰り返すということは10000円が7500円になり、7500円が5625円になり、5625円が4218円になり、いずれは0円になることを意味する。

 そんなことは分かっている。しかし、競馬はサイコロの目を当てるゲームではない。大数の法則に当てはまらない浪漫がある! とかなんとか思い、勝負を続行! しかし、当然の如く撃沈。すぐに有馬記念の勝ちを吐き出しマイナスモードに突入。有馬記念の勝ち分以上の負けを背負うことに。

 あー、あの時点で止めておけばなーと思った。メチャクチャ後悔した。自分はギャンブル向きの人間ではないと思った。熱くなってはいけない。逆転を狙ってはいけない。そんなうまい話があるわけないと。馬券で儲けられるのなら、とっくにみんなやっているよなぁと。素人が首を突っ込んだ時点で間違いだった……と気付いた時には既にマイナス地獄だったわけで。ちなみに額にすると30万くらい。学生にとっては大金である。

 資金も尽き、どうにもこうにもI can not.負け犬の3文字を背負ったまま、僕の競馬人生は沈む。

 しかし、それでもちょこちょこと購入することは続けていた。もちろん、それまでのような万単位でつぎ込むということはせず、コイン、千円単位のお小遣い買い。それで穴を狙うという作戦。

 その時はもう戦意も喪失していたし、馬券で儲けるという気もなかった。レースを楽しめればそれで良いと。馬券はレースを楽しむ為のチケット代みたいなもの。当たっても外れても楽しい競馬。それで良いではないかと。

 それ以降はトントンで進んでいたように思う。小額買いは精神衛生上に優しく、それが良かったのかもしれない。でも、これが大きく賭けるようになったらまた負けるのだろうなぁとも思っていた。

 で、たまたまだった。手広く流した馬券の人気薄が引っかかった。それが600倍の配当だった。それまで万馬券すら獲ったことなかったのに、いきなり600倍の配当。500円が30万になった。そこで再び収支はプラスに。別に30万儲けようとしたレースではなかった。数万の払い戻しが受けられればそれで充分と思っていたレース。それが想定の範囲外の馬が引っかかった。あー、世の中って何が起こるのかわからないなぁと思った。

 あの有馬記念以来。2度目の奇跡が起きたのだ。僕はこのお金をちびちびと増やしていこうと思った。もうあの頃とは違う。この資金をうまく使い増やすことができる――と信じていた。

 それからの馬券スタイルは3連複の人気馬、人気薄馬の組み合わせで手広く流すというものになった。これは人気薄が引っかかったら大儲け。人気馬が引っかかったら残念というスタイル。運の要素が強い方法に思えるかもしれないが、競馬で運の要素を少なくする為には単勝を買うか、点数を増やすのが一番だったりする。また、その時の3連複の平均配当は200倍くらいあったし、期待値から考えれば人気薄がかかる要素は決して低くはない。

 それからしばらくは競馬の神様が降りてきていた。面白いように的中し、収支的には約8ヶ月でプラス300万円ほどになった。1レース辺りの購入金額が25000円くらいで、それを1日に5~6レース。800万円賭けて1100万円の払い戻しを受けたという感じ。勿論、勝ったり負けたりの繰り返しであったが、負けた分はきっちりと取り返したし、面白いようにお金が増えた。きっかけは600倍を当てたあのレース。

 ただ、この時の感情というのは嬉しさ楽しさというよりも、虚しさが際立っていた。勿論、お金が増えることは嬉しかったが、とても空虚な念に囲繞され精神的におかしくなっていた。ちょっと調子に乗っていたというのもあった気がする。

 本業の給料を使うことなく、馬券収入で生活できた――というのは、愉快であったことは間違いないが、何かしら頭のピンが外れてしまった。

 そして、その頃から馬券がまったく当たらなくなった。いや、当たることには当たるのだが、高配当がまるで取れない。人気薄の馬が引っかからずにトリガミしてしまうこともしばしば。また人気薄の軸馬が馬券に絡んでも、人気馬の方が飛んでしまうという悪循環。

 取り戻す為には掛け金を増やすしかなかった。25000円が30000円になり、40000円になり、50000円になった。後は悲惨なものだった。300万円が半年が無くなった。そこで再び赤字収支に。

 300万円プラスになっていた時には想像すらしていなかったことだ。あの時の僕は「自分は勝ち組の輪の中にいる」などと自分を過信しすぎていた。またもは調子に乗ってしまったのだ。

 赤字収支に突入し、さらに負けること100万円。自分の中で何かが終わったと思った。結局南極、俺はこれで勝てる側にはいなかったのだ。失ったものは大きかった。300万円プラスの時点で気付いていればどんなに良かったか。それが大きなマイナス。預金もほとんど失い茫然自失になった。まさにお馬で人生ノックアウト。

 しかも、今度は数万や数十万というレベルではない。100万円である。大金である。子供の頃にやっていたテレビ番組で「賞金は100万円ですー」なんてものが良くあったが、とにかく大金というイメージ。そう簡単にどうにかなるというレベルではない。

 そこで勝負は終わった。掛け金が底をつき、僕の競馬は勝負から遊びへと移行した。勝っても負けてもレースが楽しめればそれでいいじゃないか。小額買いで精神安定万歳。それがベスト。決して儲けようなどと考えては駄目なんだ。

 それから約1年が過ぎた。

 購入は1日に1レースで、資金は2万円。そのうち、14000円を馬連に6000円を3連複にという買い方に変えていた。軸馬を1頭決めてそこから馬連で7点、◎-○の組み合わせで3連複を6点という構成。

 これは大体トントンで進んだ。正確には90%後半くらいの回収率だったように思う。
 ただ面白くもなんともなかった。当たっても外れてもなぜかすかっとしない。小額買いだったから、配当妙味に欠けたというのもあったし、実際に当たった時の配当もイマイチのことが多かった。

 そこで3連単に注目した。3連複は手広くいって結局失敗したので、今回は点数を絞る作戦。3連複の時はそうでもなかったが、馬券のシェアが3連単に多く取られるようになってからは、やたらと多点買いする人が増えた。だので、その逆を付くという作戦。

 馬券の構成は単勝、馬連、3連単。狙った馬が1着になれば儲かる買い方で、この方が勝っても負けてもスッキリするという判断から。

 その初めてまともに買った3連単の馬達が、吸い込まれるように馬がゴール板に飛び込んだ。それが50万馬券。腰が抜けた。10万馬券くらいだと思っていた配当が50万馬券。そこで300万円弱の配当を受け取り、収支は再びプラスに。

 なんて人生だ。3度目の奇跡が訪れてしまった。100万以上の負けをたったの1発でひっくり返してしまった。こんなことがあるのか。信じられない。信じられない。

 俺はテレビに向かって咆哮した。

 「うおおおおおおおお!!」 

 信じられない。信じられない。しかも差し馬、差し馬、逃げ馬の決着で首、頭差という非常に際どい決着。この着順が少しでもずれたら的中していなかった。それだけに余計に信じられなかった。何かしら磁場のようなものを感じた。あまりにも嵌りすぎた。

 次に全身から汗が噴き出し燃え上がるような熱。極度の興奮状態。

 そして郷愁。初的中や、有馬的中を思い出した。これはそれを超える高揚感。久しく忘れていた感覚。次に動揺。嘘だろ? マジかよ、おい?

 まるで少年漫画で死人が生き返ったときの主人公のリアクション。

 そして、僕は誓った。このお金でまた頑張ろう。頑張ってこのお金をもっと増やそう――と!

 で、また負けた……。最後はすっからかん。やはりそれが運命なのか。

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