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2007年05月12日 / 最初から凄い人間なんていない

 おじさんが通っていた高校はいわゆる進学校ではなかった。偏差値の低い3流校で、みんなアッパッパーな奴等ばかりだった。勿論、おじさんも含めてね。

 授業を聞かないのは勿論のこと、教室でタバコを吸ったり、先生に向かって椅子を放ったり、食事に下剤を混ぜたり、車に火を点けたりなど、まあ若気の至りですむものから、シャレにならない出来事まで様々あったわけです。今でいう学級崩壊みたいな感じで、みんなどうかしていたのだと思う。

 当然、教師なんか尊敬の対象であるわけもなく。なんていうんだろう。単なる人? 交差点で偶然にすれ違った人みたいな位置づけだったわけで。開始0分で睡眠にいたる授業。テストで0点上等。若かったっていうのは便利な言葉だけど、うん若かったよ。そりゃあ、みんな童貞失うのが早かったわけだよな。

 けど、そんな中で一人だけみんなが教師と認めている先生がいた。スクールウォーズも真っ青の熱血教師。僕達が1年生の時に、この学校に赴任してきた先生なのだけど、なんでも教育委員会の切り札的な存在だったらしい。この荒れた学校を立ち直らせる為の。

 まるで漫画みたいな展開だけど、その先生は凄まじかった。他の凡教師とは雰囲気からして違う。江原啓之風に言えばオーラの量が凄かった。

 七三に分けて、ポマードでガッチリコーティング、さらには分厚いメガネをかけているというその表情はとてもインテリなのだけど、それとは別にアンバランスな程にガタイが大きかった。ガッチリとしていて、並の高校生では誰も太刀打ちできない感じ。なんでも昔、早稲田のラグビー部にいてそこで鍛えたらしい。早稲田のラグビー部と言えば橋本弁護士の先輩にもなるわけで。そう書くと途端に軽くなってしまうのはアレだが、粋がった高校生を屈服させるには充分な存在感だった。ちなみに口癖は「どうにもこうにもI can notだね」。……そう、おじさんが良く書く言葉ですよ。その元ネタの人というわけですよ。

 まぁ、ぶっちゃけ恐怖で支配するタイプの先生なら他にもいたわけです。いわゆる体育教師系の一歩間違えばヤクザになっていたんじゃないか? と間違える風貌のヤツ。なぜか棒みたいな物を常に持っていて、兎に角凄みがあるヤツ。

 けど、この熱血教師。五十風先生って言うんですけど、この人はそうじゃなかったんだな。どう違うって、ベシャリが異常に面白い。テキストサイトの人にわかりやすく言うなら、numeriのpatoさんくらいに喋りが面白い。なぜ教師になったのか意味不明な程に喋りが面白かった。多分、漫談家にでもなったら相当な売れっ子になったと思う。

 だから、この人の授業時にはいつも笑いに溢れていたんだな。他の授業では学級崩壊だったけど、この人の場合は興味と恐怖心から授業が成立してた。発想がメチャクチャ豊かだったので、脳みそを割腹して中身を見てみたい程だった。

 授業はアドリブと脱線が多く、教科書よりも生徒が興味のある分野、知っておいた方がいい話をすることが多かった。

 メチャクチャだったみんなだけど、この人の前では比較的従順だったかなぁと思う。

 ……。

 ある日のことだった。

 いつものように授業が始まったかと思うと、先生は唐突に黒板に向かってこう書いた。
 <大久保事件>

 僕……いや、僕達クラスの面々には何のことだかさっぱりわからなかった。五十風先生はよく脱線はするけれど、基本的には授業をしていたから、だからそれとは逸脱した行動に皆はキツネに摘まれたような表情をしていたわけで。

 「大久保事件って聞いたことあるヤツいるか?」

 当然誰も知らない。

 「そうか。実は随分昔に起こった連続殺人事件のことでな。その犯人の名前が大久保清だったところからきている事件だ」

 この事件のことだ。北野武が大久保役でドラマ化もされた程の有名事件だった。

 が、クラスの面々が知らないのも無理はない。なにせ僕達が生まれる前に起こった事件でだ。時の流れと共に風化するのが人の記憶。人は嫌なことを忘れることで生きていけるのだから、それは仕方のないことだ。

 解せなかったのは、この先生がなぜ唐突に大久保事件の話をしだしたのか? ということである。

 「実はな。犠牲者の一人が教え子だったんだよ」

 ざわっ・・・ ざわっ・・・・。

 『カイジ』さながらの「ざわっ・・・」が発生した。

 「初めて担任をしたクラスでな。教え子が行方不明になった。深夜に警察から電話がかかってきて、連絡先に向かったら、そこに教え子の死体があった。警察の人から見ますか? とか言われたけど、さすがに見られなかったよ」

 先生はこんなようなニュアンスのことを僕達に話してくれた。僕の文章が稚拙な故に再現度が低くなっているのがもどかしいけど、ベシャリの上手な先生がこれを語るのだから、そりゃあ心に焼き付きましたよ。

 「現場」にはマスコミが大勢いて、「担任の先生ですか?」「コメントお願いします」みたいな取材攻勢を受けたりだとか、授業中にマスコミの連中が教室内に押し寄せたりだとか、件については何も言うなと箝口令が敷かれたなど、いろんなことを話してくれたわけです。

 僕はそれを「すげー経験だ」と思いながら聞いてました。はい、語彙が貧弱でごめんネコ。

 ……。

 その時、先生は何も出来なかったことを悔やんだのだと言う。教え子の命が救えたのかどうかは別として、事件対応やら、残された生徒の心のケアだとか、何一つ満足に出来なかったのだと言う。今でこそ、圧倒的な存在感で生徒の中心にいる五十風先生だけど、あの時は何も出来なかった。それを思い出すと今でも無念と。

 初めての担任だったから。経験がないことだったから。いや、そんな経験なんて滅多に出来るもんじゃないわけですよ。世の中には仕方のないことだってあるわけで、この事件についてもそうだと思う。けど、五十風先生はそうは思わなかった。

 だから、今の先生を構築するある種のきっかけになったのではないか ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・? と僕は思ったのです。凄惨な事件だったけども、これを糧にパワーアップすることができた。

 だから、人は失敗を乗り越えて成長することができる。僕はそう思ったのでした。

 こないだとまるで違うことを言っているけど、気にするな。

 ちなみに唐突に思い付いたような感じで喋り出した「大久保事件」だけど、後で他のクラスのヤツに聞いたら担当していた4クラス全てで同じことを話していたらしい。なんてナチュラル。きっと毎年同じことをしているんだろうなあ。様々な理由から。

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