1~4部については何回も読み返しているので、5部と6部。改めて読み返すと色々と発見があって面白い。他の部も読み返してみたいけど、きっと時間が許さない゚:・( つдT)・:゚
◎第5部
本誌掲載時は未完の印象があったけど、改めて読み返してみるとそんなことはなかった。さすがにフーゴについては伏線未消化の印象があったけども、他についてはちゃんと完結している。素直に面白い。
ジョジョの5部と言えば敵スタンドが強力すぎるのが特徴だ。第4部でメチャクチャ多かったという意見「敵が弱い」に反駁心を燃やしたアラーキー神が「これでもか」というくらい強力な敵を出現させ続けた。全身血だらけになって、ヘドを吐きながら戦闘するのは当たり前で、不具になるダメージ、致命傷ですら平気になる。
もう駄目、完全に敗北……という状況になってようやく活路を見出す。敗北こそが勝利フラグという究極のマゾシナリオ。
初期のファミコンゲームくらい凶悪な難易度で、敵の能力や攻撃方法を先読みして覚えていない限りは絶対に倒せないであろう敵が次々と出現する。皆、一応の弱点みたいなものはあるけど、各自でそれを理解しており、なかなかそれを崩せない。軽く奇襲されたら、即死亡という敵が殆ど。
しかしながら、そういった敵達を15歳とは思えない頭脳明晰の主人公ジョルノ・ジョバーナが起死回生のアイデアで次々と撃破する。どうやったらこんなアイデアが思い浮かぶんだ? と思うことしかりで、様々なアイデアがこの5部には詰まっている。
ただブチャラティを始めとする他キャラクターが魅力的な所為で、ジョルノの直接的な活躍が少なかったのが微妙なところ。もちろん、所々でのアドバイスや状況分析などスーパー軍師とての存在感はあった。ジョルノが主人公ではなく、脇役だったならば、相当なキャラクターだったに違いない。ただ主人公として考えると、派手さに欠けたことは確か。
全体的に孤高で寂しいながらも、希望を追い求め続ける男達のお話。
アバッキオがメッセージを伝えるシーンは『ジョジョ』の中でも屈指の名シーン。これは泣けた。
その他にも「アリーヴェデルチ(さよならだ)」「ぶっ殺すと心の中で思ったのなら!その時既に行動は終わっているんだ!」「ディモールト(非常に)」などなど名セリフが多いのも特徴。
◎第6部
完結時には各地で賛否両論を読んだ問題作。アラーキーワールドここに終結と言わんばかりの暴走っぷりで、ストーリーにおける約束事を悉く無視している(笑)。第6部において、アラーキー自身もある種の到達点に達したのではなかろうか。そんな内容。
勺の長さに比べると、登場するスタンド使いの数は控えめだが、その分一人ひとりのキャラを長く描いている(コミックス数は第3部の方が少ないけど、キャラ数は3部の方が多い)。
5部の時点でスタンドのアイデアは出尽くした感があったので、その先がどうなるか興味津々であったが、まだまだ出てきたのにビックリ。勿論、過去に似たような能力が出てきたような……と思うことはあったが、一体全体アラーキーの頭の中身はどうなっているのだろう。ぶっちゃけ、荒木先生ご自身が波紋を使えるという都市伝説が流れているように、作者そのものがスゴイことも本作の魅力の一つだよなぁと思った。
さて。
第6部は『ジョジョ』の初期テーマである「ジョースター家vsDIO」の因縁が再クローズアップされる。語弊がある言い方かも知れないが、第1部→第3部→第6部というストーリー的な流れ。DIO自身は既に滅んでいるが、因縁はまだ残っており、DIOの到達しようとした特異点にプッチ神父が挑む。
第6部が誰の物語であるかと考えれば、主人公の空条徐倫ではなくエンリコ(ロベルト)・プッチ神父の方だろう。第4部も後半は吉良吉影のストーリーだったけど、この6部についてもそんな感じ。ストーリーの序盤は徐倫の成長を描いているが、後半はプッチ神父のストーリーになる。
しかしそれが、哲学的な要素が盛り沢山で難解。引力。運命。重力。天国への階段などなどエトセトラ。それが少年漫画のキャパシティを軽くオーバーしており、良くこれが連載できていたもんだなぁと思った。
因縁の物語だけあって、因縁で終わる。鮮やかなラスト。