家族で叔父の家にいった。
叔父の家っていうか、僕自身もおじさんなわけだけど、ややこしいけど、日本語って難しいのだから仕方がない。とにもかくにもおじさん達は叔父さんの家に行ったのだ。理由はまぁお墓参りのついでとか、まぁそんなありふれた理由。細木数子の影響で墓参りに勤しむようになった一家は、そのついでに祖父の家にいったり、叔父さんの家に行ったりする機会が前より少し増えた。だから行ったのだ。
まぁ、そんな話は良くあることで、特筆すべき点は何もないのだけど、ちょっとだけ変わっていたのは叔父さんが昨年に結婚していたということだ。40後半を過ぎて結婚(初婚)。現代の社会事情からすれば珍しくも何ともないのだけど、問題なのは相手の女性には二人の子供がいたという点だ。要するにバツイチだったわけだ。
勿論、それさえも珍しいケースではない。割と良く聞く話だと思う。けど、当事者にとってみれば話は違ってくるわけで、いろいろとぎこちない点が出てくるというか、長年叔父さんとして見てきた人が突如として家族を作っていたのは驚くというか、言葉に表せないモヤモヤしたものをプレゼントしてくれたのもまた事実なわけで。
相手の女性はまぁ、なんというかとても普通の人だった。お似合いとか、お似合いじゃないとか、そういうのはまぁ、僕もおじさんなので感想みたいなものはなかったけども、見ず知らずの人とコミュニケーションをとるのはなかなか難しいとは思った。
それは相手の人も同じだったようで、上手なコミュニケーションというのがとれずにいた。別に聞いてもいないのに、前夫とはDVで別れたとか、会社の知人の紹介で知り合ったとか、そんなことを話してきたので、相手の人なりに自分を一族の人間として見て欲しいという現れだったのかも知れない。
母親は「長年独身だったから安心した」ということを言っていたが、内面は違っていたように思う。叔父もバツイチだったら話しは違ったと思うけど、なんというか、やはり、子連れは嫌だったようだ。女って怖いと常々思う。気を使う叔父嫁、気を使わせまいとする僕達。噛み合わない歯車がグルグルと廻っていた。
驚いたのは夕食の時間だった。テーブルの上に所狭しと並んだ豪華料理の数々。出来合いの物も含まれていたけど、まるでこれからパーティーでもあるのか? と思う程の量量量。大食い大会でも開くのか? と思える程の量であり、とてもじゃないが完食は不可能な量だった。3~5人前の寿司が2桶、オードブルの大皿が2皿、汁物多数、玉こんにゃく、エトセトラ……。
けど、これが叔父嫁なりの気の使い方だったとわかった。なるほど、言葉では上手く表現できないけど、態度で示そうと。こうやってご馳走を振る舞うことで、少しでも一族の一人として受け入れて欲しいと。別に物で釣ろうとしているわけじゃない。言葉で表現するには若さが足りないから、こうやっているのだ。それがこのご馳走。
そう考えて、僕は少しだけ感動した。ああ、この人はこの人で苦労しているのだと。だから、僕はこの料理を完食することでそれに応えたいと思った。頑張りに応えたいと。
客観的に見ればこれは中国式。食べきられると満足させられなかったということで、末代までの恥をかくという理屈。だから、食べきれない程の量を出すという方式。けど、どうやら違うらしい。叔父嫁にとっては普通の量らしい。おまえはギャル曽根の親戚かと思ったけど、それだったら益々残すのは可哀想。
僕はかつての自分を思いだしていた。小学校時代、「給食のほいみん」との異名をとり、バキュームカーともあだ名を付けられた武勇伝を持つ僕。あまりの量を食べる為、おかわり禁止令を喰らうという前代未聞の処罰を受けたこともあった。ブクブクと太っていた時代の僕。あれから色々あって、食は細くなったけど、あの時の自分が憑依すれば――いける!
封・印・解・除!
僕は出された料理を必死に食った。バクバクと食った。他のメンバーが早々にリタイアする中で、僕は頑張った。この叔父嫁の頑張りに少しでも応えたいと思って、頑張った。後半は意地になっていたけど、とにかく食った。基本的に物を残すのが嫌いという理由もあるけど、頑張って食べた。そして完食した。
やった、やったぞー。僕は勝った! そう思った。万歳! これで一件落着! 誰も傷つかない。愛のままに我が儘に僕は君だけを傷つけない。
そうしたら、新しい寿司がまた出てきた。おいおいおいおい。何を考えているのだよ、この叔父嫁は。
嫁の表情は「こんなこともあろうかと」だった。お前は『ナデシコ』のウリバタケか。3桶はないだろう。総人数で8人くらいしかいないんだぜ? なぜそんな量を用意したんだよ――! こんな量、食えるわけねぇだろがああああ!
けど、もはや意地だった。僕は必死に寿司を食べた。バクバクと食べた。小林尊ばりに飲んだ。
でも次第に限界が訪れ――、僕は気持ち悪くなり――、おげぼがどごごごげーーーー。
――。
結局、世の中そう簡単に上手くはいかないってことだ。ぎこちない関係のままで、僕達は叔父の家を後にした。
みんなの表情も暗かった。僕達は一体何をしに来たのだろう。寂寥感に囲繞され、沈痛な面もちでそう感じたのだった。
世の中は見極めが大切。精密射撃のように一点を狙い打ち落とす技術。それこそが大事なのだ。作る方も、食べる方も、程度をわきまえようと僕は思った。