頻繁に聞く言葉の一つに「この世代はレベルが高い」というものがある。まぁ、レベルの多寡の差、比較対象の選別によって、往々にしてどの世代もレベルが高いと表現できるわけで、それ自体がインチキみたいなものである。
けど、「この世代はレベルが低い」という言い方はあまり聞かない。その理由は簡単だ。わざわざレベルの低いものを晒すようなことが、日本人の美意識にはないからだ。敢えて恥を晒す必要はない。察しと思いやりが日本人の心情なのである
――大きなお世話だ。
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僕達の中学世代がまさにそれだった。誰も口には出さないが最弱世代だった。僕達よりも2つ上の世代が「10年に1度の高レベル世代」と言われていただけに、その差は余計だった。
どのくらいレベルが低かったのかというと、毎年数名は合格している県内1番の公立高校。その合格者がなんと0名だったのである。多いときは10人。少ない時でも3人前後は合格している高校の合格者が0名。
いやね。この高校に関しては、毎年何名合格したとか結構話題に上がるんですよ。今年は3人だったとか、5人だったとか。何人受けて何人落ちたとか。合格したから凄いとか、落ちたから私立へ行ったとか。そういう話題性のある高校だったの。今は学区制度がなくなっちゃったから、そうでもないんだけどね。ま、それの合格者が0名。0名って……前代未聞の数ですよ。ぶっちゃけ、記憶にないくらいの数なわけです。
あれだね。こういう時って、やっぱり誰も話題にしなくなるのな。まるで何もなかったかのようなスルーっぷり。今年は一人も合格しなかったよ、残念。とか誰も言わないの。教員達の心にはアッテムトの曲が流れているのだろうけど、そういうのは表面に出さないの。でも、それがかえって違和感を生み出しているのもまた事実で、中学生というのはそれを感じ取れないほど鈍感ではないのだ。
教職者達というのは、表面上では生徒達に対して「高校で将来が決まるわけじゃないよ?」とか言っていても、実際はそうじゃなかったんだ……と僕はその時に思ったね。そして、中学生からおじさんになった今、同年代が教職になった今、僕はそれを再認識したよ。
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だけど、最弱世代だったことは確かだけど、最弱世代というか暴行世代でもあって、その後学校が荒れまくって、放火事件があったり、暴行事件があったりとアレなことになってしまったことは確かだけど、その元凶の世代だったことは確かだけど、それでもあの世代に僕はいて結構好きだったよ。みんな面白おかしい連中だったし、個性的だった。あんな濃い奴等、そう簡単にはお目にかかれないぜ? だからさ。この良い世代だったと……言えないか。うん、我ながら酷い青春だった。
結論:「レベル高い世代」はあてにならないけど、「レベル低い世代」は本当に低い。