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2007年10月07日 / しあわせの日

 最近、何かと不運な出来事が続いていた。宝くじは当たらないわ、近所の犬に追い掛けられるわ、車を鶏の糞だらけにされるわ、楽しみに取っておいたカップラーメンを食われるわ、同じくアイスクリームを食べられるわ、録画しておいたと思った番組が録画できていないわ、そもそも生活がうまくいかないわ、巨人が優勝したわ。エトセトラ。

 不運な出来事が続くと負のスパイラルが始まる――といったのは誰だったか。ライブドアの人のような気がするけど、それはともかくとして、僕の中でもそんな負の感情のオーケストラが演奏されていた。ぶっちゃけ、今の人生は薄い。紙のように薄い薄い。そのままでいいのか俺。この状況から脱する為に何かしなくちゃならんのではないのか? どげんかせんとではないのか?

 というような思考回路に陥ることは、誰にでもあると思う。しかしながら、多くの人はそんな悩みをかかえつつも今という時間の流れに乗ってただ行ってしまうだけなのだ。結局のところ、流れに逆らって進もうと考える気骨ある人なんて少ないのだ。僕もその一人なのだ!

 話が逸れた。そんなこんなで、僕ほいみんは人生に行き詰まっていたというわけだ。追手内洋一(ラッキーマン)のような感じになっていたのだ。

 だけど、そんな不運なバイオリズムの中にいた僕だけど、その日だけは何かが違っていた。サイコロだって、降り続ければいつかは6の目が出る。いつまでも1が出続けるわけじゃない。止まない雨なんてないのだ。そんな日だった。

 ……。
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 ………………。

 ――パッと起きた。

 異常に良い目覚めだった。いつもは眠くて怠くてどうしようもないというのに、その日に限っては逆のび太みたいな感じで覚醒できた。

 テレビをつけると占いが1位。お茶を飲めば茶柱が立っている。コンビニのクジでドリンクが当たる。ラッキーカラーが青(僕の好きな色)。何故か、おばあちゃんがやってきてお小遣いをくれる(6年ぶりくらい?)。そして何より幸運状態にあることを示していたのが、いつもはトラブル続出の稼業が、この日に限ってはすこぶる順調だったということだ。いつもは悉くアクシデントが続くのに!

 これは“流れ”が向いてきているのかも知れないと僕は思った。ギャンブル漫画とか、スポーツ漫画とかで良く出てくる“流れ”。勝負事の世界では“流れ”が向いているものが勝利できるのだと言う。“流れ”とは何なのか? 萩原流とは全く関係がないことは確かだ。コホン。まぁ基本的に“流れ”なんて非科学的なものは信じていないわけだけど、それでもこの日はそれを信じても良いかなと思った。この“流れ”を掴みたい! そんなテンションだったのだ。

 さて。
 稼業も無事終了し、僕は日課の散歩に出かけることにした。秋の景色を眺めながら霞を味わう。何て爺臭い趣味なのか。じゃなかった、何て優雅な趣味なのか。道ゆく人と挨拶を交わし、四季の流れを楽しむ。木々の揺らぎを見て、心を浄化させる。秋の訪れを感じる。いつもやってることであるが、今日に関してはいつにも増してそれが楽しく感じられた。何か楽しい。

 そんなハイテンションのまま、近所の川近くまでやってきた。

 だが、様子がおかしかった。何だか変。いつもはポツポツと疎らに人が歩いているだけなのに、何だか沢山の人がいる。そして、ザワザワと話している。その中には何やら警察や消防の格好をした人がいて、そうかコスプレパーティーがあるのか、という発想には勿論ならなかったけども、空気の重さが何かしらの事件を予感させた。

 川辺の茂みに目線を移す。するとそこにはオレンジ色のビニールシートで包まれた何かを担架で運ぶ警察関係者の姿が見えた・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。――水死体だった。ドラマなどで良く見かける現場検証のシーンそのものがそこにはあった。だが、ドラマで見るのと現実で見るのとではそりゃ全然違うわけで、僕はビニールシートの中にあるものを想像して気持ちが悪くなった。何だよ、今日は幸運dayじゃなかったのかよ!

 この時、僕の中で何かがガラガラと音を立てて崩れていくのが聞こえた。結局のところ、“流れ”の中にいることなど幻想だったんだと、その時気付いた。幸運状態にあるなら、水死体の輸送現場に遭遇するわけがないのだ。

 ――地道に生きていこう。“流れ”を気にするギャンブラーにはなるまい。この時、僕はそう思ったのだった。

 ………………。
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 タイトル:死合わせの日

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