結局のところアレですわ。僕が以前のように毒を吐かなくなったり、何かと物事について挑戦的なことを言ってみたり、ツッコミを入れてみたり、世間での出来事について意見してみたり、ネット界隈の出来事に参加してみたり……といったアグレッシヴな活動をしなくなったのは、面倒臭くなった……と表面上では言ってましたが、そんな自分をメタ視点から眺めてみた時にとても薄いなぁと思えてしまったからです。薄いって言っても精液じゃないですよ、頭の中身がですよ。…と、テキストサイト脳はさておくとして。
何かしらの出来事……例えばブログ炎上とかそういうゴシップがあった時に、あれはこうでない、自分はこう思う、いやそれは違う…という議論をすることは、以前の僕だったら積極的にやってきたことでした。僕は他人とは違うんだ、という勢いが当時の僕にはあり、意外性をモットーにとか言って突飛なことをしょっちゅうしていました。
僕と同じ人間なんていない、という主張は間違っていないと思うのですが、僕と同じような人間なら結構いるわけで、それがインターネットという広大な世界にまで広がっていくと一層顕著になるわけで、井の中の蛙といったら大袈裟かも知れませんが、兎にも角にも、何を主張したところでそれは既出のコトなのではないか……と疑心暗鬼になるようになってしまったのです。
勿論、既出だろうが未出だろうが関係ないのかも知れません。既出だろうが、未出だろうが、意見することが肝要なのかも知れません。それで内容が濃密であれば言うことないのでしょうが、そうでなかったとしても場が活性化すればそれにこしたことはないでしょう。ですが、僕の場合、他にはないことをしよう、他にはない意見を言おうと言うことをモットーとしてきました。そして、そうやってきたつもりでした。
ですが、インターネットという広大な宇宙を眺めていたら、それが全く違っていたことに気付かされました。こうやって書いているログでさえ、既出意見なのかも知れないとビクビクしています。いや、実際に既出意見という可能性は高いです。何せ「こんなものはないかな?」と思って、探してみるとその殆どが存在しているのがインターネット。まさに現代の4次元ポケットなわけですから、その巨大なものに打ち勝とうなんて到底不可能なわけです。
それだったら、なぜにこんな文章を書いているのか? と思われるかも知れませんが、それは単なる気まぐれだったりします。というのは嘘で、このままだったら思考停止になってしまいそうだと思ったからです。この思考停止という言葉は、個人的に今年ブームになるであろうと考えている言葉で、「●●は××だ」という至極まっとうな理屈であっても「それじゃ思考停止だろ?」の一言で全てをリセットできるという大変便利な言葉であります。詳しい意味はわかりません。
というわけで、「スイーツ」「ゆとり」などの言葉が流行りましたから、今度は「思考停止」が流行ると睨んでいるのですが、皆さん如何お考えでしょうか。