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2012年05月02日 / 笑い話

 人生とはエロゲである。

 脳死人間の戯言ではない。数ある選択肢の中から適切なものを選び、HAPPY ENDINGまで繋げてゆくその様がエロゲに似ていると思ったのである。ただし、エロゲと大きく違う点はセーブ&ロードが出来ないという点だ。

 そう、我々は常に選択肢を選び続けているのである。単に無自覚なだけであり、フラグが立って分岐してゆく…というのを繰り返して人生を歩んでいるのである。あの時こうしていれば…こうはならなかった、の繰り返しだ。大抵において、エロゲ的な選択肢の存在に気付いていない。後になってから「あの時にあの選択肢があった」に気付く。

 最も、殆どはその時の自分にとってはベターな選択をしているものである。後になって振り返って見て始めて悪手だったことに気付いているに過ぎない。まあ的確な選択肢が選べないからこそ楽しいのであり詰まらなくもあるのである。

 だが、中には「わかっているのに悪手を引いてしまう」こともある。たられば、ではなく、あの時確実に違う選択肢を選ぶこともできた。そういうケースも存在する。

 ………………

 もう10年近く前の話だ。僕は競馬に興じていた。どれくらい興じていたのかと言うと、年間で1000万円くらい使うくらいだ。1000万というと高額だと思われるかも知れないが、開催が大体100日なので、一日10万円くらいである。それでも高額と思われるかも知れないが、競馬には配当があるのでそれを転がしていったので、実際には100万円くらいの消費だったと思う。1日に1万円くらい。それくらいならOKでしょ?

 それが何年か続いた。終末になると予想に興じ、レースに熱狂する。その繰り返し。儲かった年もあったし、駄目だった年もあった。なぜこんなことを続けていたのかと言うと、楽しかったからというのもあったし、もしかしたら競馬で勝てるかも知れない、という自覚もあったからだ。

 だが、実際にはそう甘くはなかった。収支は悪化し、マイナスに突入し、どうにもこうにもI can notになっていた。もう競馬勝てないかも知れない。そんな風に思うようになっていた。だが、馬券の購入は続いていた。何せ命銭が消費されているのである。止まるわけがない。いつか取り戻せる、そう信じて。銭を垂れ流していた。

 そんな負の感情を追った人間に競馬の神が微笑むわけがない。読者の皆様はそう思ったことだろう。しかしだ。俺は天啓を得た。宇宙の始まり、ビッグバン。黒い空間の中に白いつぶつぶが集まって爆発するイメージ。当たるという確信めいた予感。

 2万円の馬券が270万円の払い戻し。そのときは1レースに1万円も使っていなかったが、予感があったので貼った。3連単とか1~2回しか買ったことなかったが、来そうな感じがしたので500円買った。単勝、馬連、3連単すべて的中して270万。俺は叫んだ。雄叫びをあげた。誇張表現ではなく、テレビの前で本当に叫んだ。これまでの最高払い戻しが60万くらいだったが、それを一気に更新した。これまでの負けを一気に取り戻したのだ。

 自慢話じゃないよ。

 ……。賢明な諸君なら既に読めているだろうが、その270万は半年くらいで全て溶かしてしまった。うん、1000万、2000万と積んでいけるのだと思ってしまったのさ。だが、世の中そんなに甘くないというか、カオスの矯正というか、運良く当たった高配当なんて溶けてしまうのである。ね、自慢話じゃないでしょ。笑い話でしょ?

 ………………

 今でも思うんだけど、これは「引くことができた」案件だったと思う。運の容量の把握は出来ていた筈なんだ。あそこがピークと感じることは十分に可能だった筈なんだ。だが…、ああ悔しい。本当。無念。

 皆さんも引き際には気を付けて欲しい。

コメント

ギャンブラーで儲けるには、イケる時に大きく賭けてダメそうだったら掛け金を減らす、という方法がいいようです。
理屈はわかってても実践できないないのが凡人たる所以ですね。僕もですが。

 いわゆる資金管理ってヤツですね。
うまい人はそのパターンか、ハズレ続けても
ブレずマイペースでに買い続けられるメンタルを
持ってる気がします。

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