>24時間というカテゴリがあって、何のこっちゃと思ったら24時間連続更新していたんですね。自分は24時間PC前に居るのは無理なので、過去ログで楽しむことにします。程よく頑張ってください。翌日に疲れが残らない程度に。
ありがとうございます。でもって、すいません、絶妙なタイミングで届きましたが、疲れたので寝ますzzz
24時間の雰囲気は楽しめました。やる人が多いのがわかるような気がしました。
>24時間というカテゴリがあって、何のこっちゃと思ったら24時間連続更新していたんですね。自分は24時間PC前に居るのは無理なので、過去ログで楽しむことにします。程よく頑張ってください。翌日に疲れが残らない程度に。
ありがとうございます。でもって、すいません、絶妙なタイミングで届きましたが、疲れたので寝ますzzz
24時間の雰囲気は楽しめました。やる人が多いのがわかるような気がしました。
おやすみなさい。ありがとうございました。
○○ブームという言葉は良く聞きます。そして身の回りでもそれを象徴するような出来事が起こったりします。ですが、このジョギングブームに関してだけは、それをまるで実感できない。
周りで走っている人間なんて聞いたことないですし、近所の土手を見ても犬の散歩をしているご老人達が談笑しているくらいで、ランナーなんて見たことありません。
でも、東京マラソンとか見ると大盛況だったらしいですし、市民ランナーの数が多いことは間違いなさげな感じです。
この乖離は何なんでしょうかね? 皆さんの周りでも走っている人ってあんまりいないような気がするんです。記事にもありますけど、マラソン大会がトラウマになっているというか。とにかく走ることに関しては、拒絶反応を示す人が大部分なのではないかと思うのです。
こういうのを見ると、自分の生きている世界とは全く違う世界があって、そことこことは懸け離れているみたいな想像をすることが出来ます。同じ人種でありながら、違う文化を歩んでいる、みたいな。
まあ、気のせいなんでしょうけどね。
僕が初めて馬券を買ったのは高校生の時だった。
友達に購入を勧められ、僕はよくわからないままにメジロドーベルという馬の単勝を買った。95年の有馬記念だった。直接競馬場に買いに行ったのではなく、代理購入を頼むという形だった。それで的中したら少しの分け前を与えるという……まぁいわゆるノミ行為というヤツである。ちなみに歴とした違法行為なので、皆さん真似しないように。
結果は惨敗だった。
その時勝ったのがシルクジャスティスという馬。鞍上は藤田伸二。2着はマーベラスサンデーで武豊が乗っていた。
賭けていた金額は1000円。オッズは確か10倍くらいで、1000円が10000円になったらいいなぁとか思っていた。馬柱の見方も良くわからなかったので、友達に教えて貰った。メジロドーベルを買った理由は近走の着順が良かったということと、配当的妙味から。馬のことなんて全くわからなかった。当然ながら、メジロドーベルが牝馬であるということすら知らなかった。
そう。牝馬限定戦でこそ強かったメジロドーベルであったが、混合となるとからきしでとてもじゃないが買える馬ではなかったのだ。しかも有馬記念といえば牝馬の来ないレース。後にエアグルーヴ、ファインモーション、トゥザヴィクトリーなど好走・人気する馬はあったものの、1着にくることはなかった。
そんなことはつゆ知らず。また外れたことを知っても特に感慨はなく。世の中そんなに甘くはないのだなぁとか子供のような感想しか持たなかった。またレースそのものも見ていなかった。よくわからず、なんとなく。雰囲気。それだけだった。
それから4年の月日が流れ――。そんな過去の思い出もすっかり忘れた頃。僕は別の友人に再び競馬を勧められることになる。当時の僕は大学生で暇を持て余しており、そんな折での話だった。またもや、なんとなく。暇だったから。競馬そのものに興味があったのかと言えばなかったと思う。この頃の気持ちというのは、今思い出そうとしてもぼやけてしまいはっきりしない。
舞台は今は無き高崎競馬場。そこでは高崎競馬が開催されているだけではなく、JRAの場外馬券場として中央競馬の馬券を買うこともできた。というよりも、あの頃の高崎競馬は末期状態でほとんど客は入らず、場外馬券場の売り上げが収入の大きなウエイトを占めるという様であった。確か売り上げの5%だかなんだかが高崎競馬場の取り分なのだとか。それは確かに大きい収入。
そんな話はさておき。
その時、僕は『清水ステークス』というレースでトッププロテクターという馬の単勝を1000円買った。購入した理由は友人のお薦めだったから。ただそれだけ。僕は例によって馬のことなんて全く知らなかったし、この馬がどんな馬なんていうのも全然わからなかった。まぁなんとなくというか。付き合いというか。折角、競馬場にまで来ているのだから、とそんな理由。馬のことは良くわからなかったが、近走の着順は良くなかったし穴馬だったのでそんなに期待はしていなかった。まぁ、世の中そんなに甘くはないよなぁと。ビギナーズラックなんて言葉はあるけど、それは結果論が示す言葉なわけで。実際は素人が手を出してもそう上手くはいかない。
だが、それが1着。単勝配当930円。購入時のオッズが10倍を超えていたので、えらくガッカリしたことを覚えているが、その時思ったことは「あの時の1000円を取り返したな~」ということだった。やたら金にがめつい儂。そして、次に全身の血が沸騰するかのような高揚感。大したことはない払い戻しであったのにも関わらず、「うおおおおおおー」とか叫んでいた。なんていうか、今までにはない感覚というか。新鮮だったというか。今考えればバカみたいなのだけど、横にいた友人よりも遥かに喜んでいたと思う。
きっかけはそこだったのだろう。僕は競馬が好きになった。そこに浪漫を求めるようになったし、金を張るようにもなった。1000円だった金額が2000円になり、5000円になり10000円になった。当時のスタイルは堅いところにガツンと貼るというやり方で、今考えてみればアホみたいである。でも、その時は穴馬の見つけ方なんてわからなかったし、強い馬が普通に勝つのが競馬と信じていたのだ。けど、なかなか当たらなかった。これは来ると信じた馬が2着、3着に破れ外れるというシーンが何回も繰り返された。惜しい、惜しい。悔しい、悔しい。だから、それを取り返す為に貼るというとても危険な思考回路になっていた。
そして、むかえた有馬記念。競馬をやらない人でも知っている超有名レース。そこで膨れあがったマイナスを取り返す為に貼った金額は10万円。ぶっちゃけアホである。破産する人間の典型的なタイプというか。熱くなったら止まらない。猪突猛進。
普通なら、ここで負けてご破算というのがありがちなパターン。それは古来から繰り返されてきたギャンブラーの行く末であったし、ここを読んでいる人もそういう展開を期待するであろう。人生そんなに甘くない。ギャンブルで勝てるなら苦労しない――と。
しかし、奇跡が起きた。10万円の一点買いが見事的中し38万円になった。それまでの負け分を一気に取り戻し大幅プラスに。
ターニングポイントは間違いなくここにあった。のるかそるか。いくのか? それともドロップアウトするのか? この20万ちょいの勝ち分を懐に収めるというのも、一つの手であった。
ここでまともな思考回路の持ち主であるなら、ドロップアウトを選択する。人生に一発逆転は2度ない。今まで負けていた分を取り戻し、おつりまで来たのだからこれで良しとしなければならない。この勝ち分をさらに増やす……なんて思考はとても危険。廃人人生驀(まっしぐら)。馬券とはこれでおさらばするのが正解。
大体考えてみればわかるのだが、競馬には控除率というものが存在する。いわゆる胴元の取り分というヤツで、日本では約25%と定められている。つまり10000円賭ければその時点で2500円はJRAに吸収されるということになる。即ち、貼り続けて勝ったり負けたりを繰り返すということは10000円が7500円になり、7500円が5625円になり、5625円が4218円になり、いずれは0円になることを意味する。
そんなことは分かっている。しかし、競馬はサイコロの目を当てるゲームではない。大数の法則に当てはまらない浪漫がある! とかなんとか思い、勝負を続行! しかし、当然の如く撃沈。すぐに有馬記念の勝ちを吐き出しマイナスモードに突入。有馬記念の勝ち分以上の負けを背負うことに。
あー、あの時点で止めておけばなーと思った。メチャクチャ後悔した。自分はギャンブル向きの人間ではないと思った。熱くなってはいけない。逆転を狙ってはいけない。そんなうまい話があるわけないと。馬券で儲けられるのなら、とっくにみんなやっているよなぁと。素人が首を突っ込んだ時点で間違いだった……と気付いた時には既にマイナス地獄だったわけで。ちなみに額にすると30万くらい。学生にとっては大金である。
資金も尽き、どうにもこうにもI can not.負け犬の3文字を背負ったまま、僕の競馬人生は沈む。
しかし、それでもちょこちょこと購入することは続けていた。もちろん、それまでのような万単位でつぎ込むということはせず、コイン、千円単位のお小遣い買い。それで穴を狙うという作戦。
その時はもう戦意も喪失していたし、馬券で儲けるという気もなかった。レースを楽しめればそれで良いと。馬券はレースを楽しむ為のチケット代みたいなもの。当たっても外れても楽しい競馬。それで良いではないかと。
それ以降はトントンで進んでいたように思う。小額買いは精神衛生上に優しく、それが良かったのかもしれない。でも、これが大きく賭けるようになったらまた負けるのだろうなぁとも思っていた。
で、たまたまだった。手広く流した馬券の人気薄が引っかかった。それが600倍の配当だった。それまで万馬券すら獲ったことなかったのに、いきなり600倍の配当。500円が30万になった。そこで再び収支はプラスに。別に30万儲けようとしたレースではなかった。数万の払い戻しが受けられればそれで充分と思っていたレース。それが想定の範囲外の馬が引っかかった。あー、世の中って何が起こるのかわからないなぁと思った。
あの有馬記念以来。2度目の奇跡が起きたのだ。僕はこのお金をちびちびと増やしていこうと思った。もうあの頃とは違う。この資金をうまく使い増やすことができる――と信じていた。
それからの馬券スタイルは3連複の人気馬、人気薄馬の組み合わせで手広く流すというものになった。これは人気薄が引っかかったら大儲け。人気馬が引っかかったら残念というスタイル。運の要素が強い方法に思えるかもしれないが、競馬で運の要素を少なくする為には単勝を買うか、点数を増やすのが一番だったりする。また、その時の3連複の平均配当は200倍くらいあったし、期待値から考えれば人気薄がかかる要素は決して低くはない。
それからしばらくは競馬の神様が降りてきていた。面白いように的中し、収支的には約8ヶ月でプラス300万円ほどになった。1レース辺りの購入金額が25000円くらいで、それを1日に5~6レース。800万円賭けて1100万円の払い戻しを受けたという感じ。勿論、勝ったり負けたりの繰り返しであったが、負けた分はきっちりと取り返したし、面白いようにお金が増えた。きっかけは600倍を当てたあのレース。
ただ、この時の感情というのは嬉しさ楽しさというよりも、虚しさが際立っていた。勿論、お金が増えることは嬉しかったが、とても空虚な念に囲繞され精神的におかしくなっていた。ちょっと調子に乗っていたというのもあった気がする。
本業の給料を使うことなく、馬券収入で生活できた――というのは、愉快であったことは間違いないが、何かしら頭のピンが外れてしまった。
そして、その頃から馬券がまったく当たらなくなった。いや、当たることには当たるのだが、高配当がまるで取れない。人気薄の馬が引っかからずにトリガミしてしまうこともしばしば。また人気薄の軸馬が馬券に絡んでも、人気馬の方が飛んでしまうという悪循環。
取り戻す為には掛け金を増やすしかなかった。25000円が30000円になり、40000円になり、50000円になった。後は悲惨なものだった。300万円が半年が無くなった。そこで再び赤字収支に。
300万円プラスになっていた時には想像すらしていなかったことだ。あの時の僕は「自分は勝ち組の輪の中にいる」などと自分を過信しすぎていた。またもは調子に乗ってしまったのだ。
赤字収支に突入し、さらに負けること100万円。自分の中で何かが終わったと思った。結局南極、俺はこれで勝てる側にはいなかったのだ。失ったものは大きかった。300万円プラスの時点で気付いていればどんなに良かったか。それが大きなマイナス。預金もほとんど失い茫然自失になった。まさにお馬で人生ノックアウト。
しかも、今度は数万や数十万というレベルではない。100万円である。大金である。子供の頃にやっていたテレビ番組で「賞金は100万円ですー」なんてものが良くあったが、とにかく大金というイメージ。そう簡単にどうにかなるというレベルではない。
そこで勝負は終わった。掛け金が底をつき、僕の競馬は勝負から遊びへと移行した。勝っても負けてもレースが楽しめればそれでいいじゃないか。小額買いで精神安定万歳。それがベスト。決して儲けようなどと考えては駄目なんだ。
それから約1年が過ぎた。
購入は1日に1レースで、資金は2万円。そのうち、14000円を馬連に6000円を3連複にという買い方に変えていた。軸馬を1頭決めてそこから馬連で7点、◎-○の組み合わせで3連複を6点という構成。
これは大体トントンで進んだ。正確には90%後半くらいの回収率だったように思う。
ただ面白くもなんともなかった。当たっても外れてもなぜかすかっとしない。小額買いだったから、配当妙味に欠けたというのもあったし、実際に当たった時の配当もイマイチのことが多かった。
そこで3連単に注目した。3連複は手広くいって結局失敗したので、今回は点数を絞る作戦。3連複の時はそうでもなかったが、馬券のシェアが3連単に多く取られるようになってからは、やたらと多点買いする人が増えた。だので、その逆を付くという作戦。
馬券の構成は単勝、馬連、3連単。狙った馬が1着になれば儲かる買い方で、この方が勝っても負けてもスッキリするという判断から。
その初めてまともに買った3連単の馬達が、吸い込まれるように馬がゴール板に飛び込んだ。それが50万馬券。腰が抜けた。10万馬券くらいだと思っていた配当が50万馬券。そこで300万円弱の配当を受け取り、収支は再びプラスに。
なんて人生だ。3度目の奇跡が訪れてしまった。100万以上の負けをたったの1発でひっくり返してしまった。こんなことがあるのか。信じられない。信じられない。
俺はテレビに向かって咆哮した。
「うおおおおおおおお!!」
信じられない。信じられない。しかも差し馬、差し馬、逃げ馬の決着で首、頭差という非常に際どい決着。この着順が少しでもずれたら的中していなかった。それだけに余計に信じられなかった。何かしら磁場のようなものを感じた。あまりにも嵌りすぎた。
次に全身から汗が噴き出し燃え上がるような熱。極度の興奮状態。
そして郷愁。初的中や、有馬的中を思い出した。これはそれを超える高揚感。久しく忘れていた感覚。次に動揺。嘘だろ? マジかよ、おい?
まるで少年漫画で死人が生き返ったときの主人公のリアクション。
そして、僕は誓った。このお金でまた頑張ろう。頑張ってこのお金をもっと増やそう――と!
で、また負けた……。最後はすっからかん。やはりそれが運命なのか。
さて、問題です。
このサイトの管理人名はほ○みん。
○を答えて商品をもらおう! ありませんけど!
有名な話なのですが、大手スーパーのダイエーを作った中内功氏は、借金して店舗を建てて、それを担保に借金をして、店舗を作って……というやり方で会社をドンドン大きくしていきました。これはバブル時代に絶大な効果を誇った手法でした。
しかし、バブルが弾けると共にダイエーの業績も悪化、中内氏のカリスマ性も薄れ、経営から退き、最後は社葬すら行われずに人生を終えることになります。
そんな中内氏ですが、阪神大震災時に彼のやり方を象徴するようなエピソードがありました。
ダイエーの関連企業にローソンがあるのですが、神戸が被災した時にローソンの商品を目一杯補充して24時間照明全開で営業しろと命令したのです。明るい店舗を見せることで、被災者にエネルギーを与えよと。
で、神戸のローソンに中内氏が視察に訪れた時、ローソンには商品が全開に補充さえ、明かりも煌々と灯っていたそうです。そして、それを見た中内氏は満足してそこから去っていきました。
しかし、それには裏がありました。被災地への商品輸送は道路の寸断により困難を極めていたのです。棚に目一杯、商品を並べ続けるほど物資はありませんでした。そこで側近達は中内氏が来るまでローソンの店舗を閉鎖して、店内の商品を外に出さないようにしたのです。で、中内氏がくるタイミングを見計らって、店舗を解放したのでした。
何が言いたいのかと言うと、いかにカリスマ性があろうと、すぐれた経営者であろうと、ワンマンであり続けるといずれは浮いた存在になってしまうということです。周りの目が自分を畏怖した物になってしまい、孤立してしまう。
真っ直ぐに走り続けるだけではダメで、後ろを振り返り、他人の目を確かめることも時には重要なのです。
この更新も他人から見たらゴミみたいなものになっているかも知れないなーと思いつつ。
『金曜ロードショー』で観たい映画がやっていたとしても、放送枠が2時間だとカットされまくりだから観る気がしない。特別ロードショーで2時間半の枠をとってある場合は観る。
巡回しているサイト。おじさんは一人暮らしをしているわけではないのですが、1週間に5回くらいは料理をするのでこういったサイトはとても重宝していたり。料理のちょっとしたテクニックって自分ではなかなか編み出せませんからね。
簡単なテクニックなんですけど、それを思い付くのは難しいという。
実は料理サイトをやろうか、というプランもあったのですが、労力の関係でやめました。何が足りないって、心のゆとりですよ。
これほどまでに今更感が強いニュースもないわけで、ここまでくると逆に意味不明とも言える。なにせ学費免除のスポーツ特待が野球に関してはダメという話なのである。なんでやねんと。そんなに野球は格式が高いのか? というよりも、なぜ今このタイミングでということだ。
もう何十年と公然と行われていることなわけで、みんなも当たり前のようにそれを知っていた。○○県代表と言いながらも、実際は全国から選手が集まっていた。その問題は別として、そんな彼等がスポーツ特待生であることもみんな知っていた。
だから高野連の面々がそういった状況であることを知らなかったわけがないと。ここでオオナタを震ったら大混乱になることくらい想像できなかったのだろうか。……できなかったんだろうなあ(笑)
M-1バブルで大ブレイクの予感があった『チュートリアル』ですが、最近はあまり姿を見ず。いや、正確には姿は見るのですが、話しをしている所を見ない。すなわち、ゲストとしては呼ばれるけども、そのトークはカットされているという状況。
M-1優勝→吉本がプッシュ→制作側は使うだけ使うがオンエアできるような内容のものが少ない
という流れが予想できるのだけど、どうだろうか。フリートークできないと言われているけど、本当にそうなのかも知れないっすね。
やしきたかじんが半年はスケジュールがパンパンになると言っていて、現にその通りになってますけど、これから先が正念場。
ブラックマヨネーズみたいな「大阪から必死な芸人きた」状態にはなって欲しくないものです。
『NEWS ZERO』と言えば、52年続いた『NNNきょうの出来事』を打ち切って始めた新しいNEWS番組です。2006年の10月2日から始まっているので、大体7ヶ月くらい経ったところでしょうか。
CMに入る時のリザクレーションみたいなホワホワしたジングルが印象的……と思っているのは僕だけかも知れませんが、人が沢山出てきてセットもVTRも金かけて豪華に作っているという感じです。視聴率も悪くないみたいです。
僕は1日に2時間はニュース番組を見る人間なので、この番組も結構見ているのですが、番組を見る度にわからないことがあります。
……あのメインキャスター何物なんですか。
キャスターなんていうのは、自分の意見を言わない方が息長く出来るのに、この方は毎回毎回ボンボン自分の言葉で喋りまくりんぐ。凄いキャスターですよ。ってか、誰なんだかまったくわからない人をメインキャスターに据えた編成は凄いと思う。
調べて見ると関西学院大学学長直属教授と舌を噛みそうな感じの役職の方で、超エリートみたいですね。僕が無知なのかしら? 知事戦で落選経験があるようですが、テレビで知名度あがったから次立候補したら間違いなく当選でしょうねえ。
客層は、議員秘書や後援会など政界関係者が中心だ。
゚:・( つдT)・:゚
まあこれは安倍人気云々よりも、総理をマスコミが取り上げていないだけだから、売り上げ云々はどうでもいい。ただ安倍総理は報道していないところで色々とやっているので、マスコミはもうちょっと取り上げた方がいいと思う。
……オッサンくさい意見だな。
いやね。『操り孕ませDream Note』っていうエロゲがあるのですよ。
――そのノートを手に入れた時、淫靡な欲望は解き放たれた――
名前さえわかれば、女の子を思い通りに操れるノートを手に入れた主人公。
ノートの力をつかえば、清楚なあの子も生意気なあの子も思うがままに凌辱し放題!! 相手を動かなくして犯したり、自分に惚れさせて中だしをせがませたり、はたまた女の子に恥ずかしいコスプレをさせることも簡単に出来てしまうのだ!
家庭教師先の家族はもちろん、外出時に女の子の名前を手に入れれば、その女の子を操って調教可能!! 最終的には王様気分のハーレムを手に入れられる…!?
うん、『DEATH NOTE』のパクりですよ。完全にパクりというか、それをエロゲにしているだけ。面白ければ良いのですが、劣化しているのだから質が悪いです。
いや、作品そのものについては特に言うことはないんです。何が言いたいのかというと、この作品がスルーされているということについてなんです。
ちょっと前だったらですよ? 燃料投下とでも言いましょうか、『DEATH NOTE』のパクりエロゲとして、各地でネタとして取り上げられるような作品だったと思うのです。同人ならまだしも、商業でこれですからね。それが完全にスルー。いやはや、エロゲ業界も取り巻くユーザーが変わったなぁという印象を受けたのです。
あ、でもこれは話題になったか。
みんなキャラクター濃すぎ。こういうスッドレが毎日毎日展開されていると思うと、確かに誰もテキストサイトなんて見ないよなぁと思う。一人でやれることの限界とでも言うか。ファミコンとニンテンドーDSくらい違いあるというか。でも、ファミコンはファミコンの良いところもあると思うので、おじさんは頑張ろうと思うのでした。
グラドル、昔風に言うならバラドルってのは、しぜ~んと消えていく傾向にあると思う。
ダンディ坂野やらつぶやきシローみたいな芸人に関しては「消えた芸人」として代名詞化され、消えそうな芸人に対する形容詞として使われているけど、グラドルっていうのはそういうのがない。いつのまにか消える。
真鍋かをりもかつてはレギュラー盛り沢山だったけど、今は2本とかなんとか。確かに画面で見る機会が以前よりも減ったように思う。ブログの女王という冠も中川翔子に奪われ、芸能人としてのオーラも以前よりも薄まった。
それはなぜか? 答えは――彼女はブログの更新を怠ったからである。
確かに日々に忙殺されて、更新をする暇がなかったのかも知れない。気力も充実しなかったのかも知れない。けど、真鍋はブログが自分の知名度をあげてくれたことを忘れてしまった。それが良くなかった。
中川翔子は忙しくてもアホみたいに更新し続けている。それに当時は芸能人ブログってあまりなかったけど、今は持っているのが当たり前。新鮮味がもうない。
それでも初期から存在していたというアドバンテージは大きかった。このアドバンテージをいかしていれば、元祖ブログの女王なんて言われずに済んだと思う。今でもブログの女王を名乗れたと思う。
ブログの更新を怠る→他の芸能人ブログ盛り上がる→PV減る→ブログの女王と名乗りづらくなる→ブログの女王としての仕事が少なくなる→他の仕事にも影響が出る
という流れだと思っているのだけど、どうだろうか?
やっぱ更新っていうのは大事だよね。
なるほど、思えば連続更新自体初めてやるわけだけど、通常の更新とは違う感触がこれはこれであるね。思ったよりもネタだしが辛いとか、時間に追われる感じがするとか。
まあ、ショコたんの場合はキャリアが違うから、おじさんとは全く違う思想になっているのだろうけど。
自分でやってみてわかることって色々ありますよね。ただ自分でやらないとわからない人ってのは、悲しいことに凡夫なんですよねえ。自分でやらなくても色々わかる人が本当に凄い人。
当たり前だけど、世の中凡人だらけということです。
24時間が始まって1時間と15分。その間、2アクセスしかねえ(笑)
……シーメーにする。
自宅です(僕は群馬県民です)。

婆ちゃんが子供の頃には築何十年ってレベルだったので、軽く築100年は超えてます。みてわかるようにひしゃげています。トリック写真とか、角度の問題ではなく、本当にこんな感じです。
群馬県は日本地図にないとか、有り得ない家屋に住んでいるとか、そういう風な都市伝説がありますけど、それは本当だったよ、とでも言っておきましょうか。
オフ会とかもやったことなかったので、折角だから募集してみる。
日時:5月22日(火) AM9:00
場所:プンタン・サバネタ
内容:2時間サスペンスごっこをして遊ぶ
参加希望の方はトップページのサイドバーにあるメールフォームから、参加希望のメールをください。折り返し詳細を連絡します。
というわけで、よろしくお願いします。
Q1(自演) 今時24時間て……時代錯誤にも程があります。
A、確かに。けど、テキストサイターだったらみんなやっていることだったので、おじさんもチャレンジしたかったのか。いつの日かいつの日かってずっと思っていたけど、いつの間にはこんな歳になっていたのさ。
777777IDまで24時間解放。100万IDまで登録OK記念ということで。
現在のBGM。
世界各国のスーパーエリートみたいなのが集まっているという印象があるわけですが、ここまで豪華だと圧巻の一言ですな。
羨ましいと思う反面、ここまで厚遇されるとプレッシャーみたいなものに囚われたりしないだろうか? と思ったりもする。僕の場合、時給が10円アップしただけでも、「もっと頑張れなければ」とか考えてしまう人間なので、グーグルみたいな食べ物飲み物みんなタダ、常駐医師の診察も無料、ゲーム無料、他にもサービス盛り沢山みたいな環境にあると、ちょっと疲れてしまうかも。
感情で人生を振り返ることってあまりなかったりする。
たとえば「あなたの人生で一番楽しかった出来事は何ですか?」とか「あなたの人生で一番悲しかった出来事は?」とか、そういう質問はとてもありがちですが、すんなりと答えるのは難しい。いや、もしかしたら即答できる人もいるかも知れないけど、大抵の人は多くの候補が脳裏に思い浮かび、それからチョイスするのに時間を喰う。
実際には順番を付けやすいものだと思うのだけど、人間は様々なことを忘れることが出来るので、回想するととてもあやふやになる。
けど、僕の場合「あなたの人生で一番悲しかった出来事は何ですか?」になら即答できる。今日はその話をしたい。
……。
…………。
………………。
「加藤、おまえ生徒会に立候補してみないか?」
唐突に担任が進めてきた。なぜ進めてきたのかは良く分からない。クラスの数名に声をかけるのが先生のノルマだったのか(立候補者はあまりいない)、それとも僕という人物に魅力があったからなのか。恐らくは後者だと思うのだけど、とにかく担任は僕に声をかけてきた。
生徒会。今思えばちゃんちゃらおかしいというか、鼻で笑い飛ばすというか、禄でもない、わずらわしいだけの厄介な組織だったのだけど、中学当時の僕にとっては花形だった。
立候補して、当選し、メンバーに加わる。生徒会は各行事に参加する権限があるので、あらゆる面で活躍できる。生徒の面々で目立つことができる。ついでに内心もよくなる。
これが高校生とかになると、禄な権限ないのだけど、中学時代の生徒会というのは結構存在感のあるものだった。やりがいありそうだったし、楽しそうだった。何より目立っているのが格好良かった。
僕は迷った。どうしたものかと思った。今なら脊髄反射でNoと答えるけども、当時は割と熱かったんだな。やりがいがありそうとか本気で思ってしまったんだな。あとちょっとだけモテそうかな? とかそういう邪心もあった。うん、まあしゃーないよね。そういう年頃だったんだよね。
というわけで、生徒会に立候補した僕。
選挙ポスターを作ったり、校門の前でタスキをかけて挨拶したり、朝礼時に挨拶したり。エトセトラ、エトセトラ。
で、選挙の当日になりました。当日には投票の前に立候補者と立候補者の応援者による演説をするという場がありました。そこで自分の考えをアピールして、投票の際の参考にしてもらおうというアレです。
まぁ、学校内の知名度やら部活の組織票など様々ありますが、この演説のプライオリティはメチャクチャ高い。ここでしっかりとアピールできれば、まず当選は間違いないと、そういう場だったわけです。
僕は一生懸命に演説しました。そりゃあ、もう一生懸命語りましたよ。僕が生徒会に入ったら、給食をステーキにして、校舎にはエレベーターを設置するとか、嘘800を吹いた吹いた。
これ、ネタっぽく語ってますけど、割と本当の話ですからね。「おまえ、あれはダメって言っただろう」とかあとで先生に怒られましたからね。
けど、そのかいあってか結構民衆には受けたんです。反応は上々。全校生徒の目の前で演説するのは大変だったけど、なかなか面白かった。受けた受けないって、まるで芸人みたいですが、まあ当時は目立ちたがり屋さんだったのですよ。
で、次に僕の応援者による応援演説です。僕が頼んだのは部活の部長! こりゃあ鉄板ですよ。殆どがクラスの同級生に頼んでいる中、先輩に頼んだのは僕だけ。年上の票も取り込めるという思惑なわけです。
「続いて加藤君の応援者の木村君の番ですが、今日は風邪によりお休みです。頑張ってくださいと言伝がありました」
どっかーん。
いやあ、受けたね。俺様の演説なんてまるでなかったかのような大受けぶりでしたよ。校長とか教頭クラスまで笑ってましたから。いやあやられた。大一番で部長に裏切られたわけです。
ありえねえ。ありえねえ。
風邪なんてありえねえ。100%仮病だ。
確かにちょっと強引に頼んだっていうのはあったんですよ。けど、うん。この仕打ちはちょっと悲しかった
結果はいわずもがな。散々なもので最下位落選ですよ。そして、二度とこの手の催しには参加しないことを誓ったのでした。
………………。
…………。
……。
というわけで、僕は「悲しいとき」と言われた時、まず第一にこの事件を思いだすのです。
質問を大募集。おじさんの場合、誰からもメールがこないことを恐れているので、こういった呼びかけをすることは滅多にないのですが、せっかくだから募集してみます。トップページのサイドバーにあるメールフォームからなんでもどうぞ。
要するに『コメットさん※』のパクリです。
サイドバーに自己紹介のスペースを作ったよ。みんな見てね。こんな人が書いているよ。
1、取り敢えず更新する
2、飽きたらやめる
3、無推敲一本勝負
4、なんでもあり
さっき思いつきましたので、これから24時間更新を始めたいと思います。