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2012年06月11日 / 『HUNTER×HUNTER』デスノコラまとめ

 『HUNTER×HUNTER』の本誌感想をデスノコラでやろうという企画でした。最初は一回だけの予定でしたが、調子によって16本も作ってしまいました。一度まとめておきたいと思っていたので、ここにまとめてリンクを貼っておきます。

 ◎325話の感想
 ◎326話の感想
 ◎327話の感想
 ◎328話の感想
 ◎329話の感想
 ◎330話の感想
 ◎331話の感想
 ◎332話の感想
 ◎333話の感想
 ◎334話の感想
 ◎335話の感想
 ◎336話の感想
 ◎337話の感想
 ◎338話の感想
 ◎339話の感想
 ◎340話の感想

 お暇な時間にでもどうぞ。


2011年12月25日 / 中学の時の担任と対決する

 実はそうなんです、という話なのではあるが、年に1回以上のペースで言ってきているので、それがサイトの運営期間の12年ともなると12回以上はしている話なわけで、そうなってくるともはや意外でも何でもないわけなのではあるが、実は僕は昔かなり太っていた。どのくらい太っていたのかと言うと、1500メートルを完走するのに10分、50メートルは10秒、走り幅跳びは2メートル20センチ、逆上がりは一回もできず、懸垂も一回もできず、二重跳び、綾跳びもできず、跳び箱で跳べるのは4段まで、とそんな感じである。いつもは盛りながら話をするけど、これに関してはまったく盛ってない。むしろ控えめに書いているくらいだ! ってゆーか、体育の評価で「1」をとったこともあるくらいだ! 後にも先にも「1」をとったのはこれ限りだよ!

 なぜにそんな状態になってしまったのかと言えば、物心ついたときからそうだったので良くわからない。僕の一番最初の記憶は3歳くらいの時のものなのだけど、その時はもう既に肥えていたからわからないのだ。柳原加奈子さんと同じだ。 最初から太っていた。だから、よく肥満については「自己管理ができていない」とか言う人がいるけど、世の中には最初の記憶からデブという人種がいることもそっと心の片隅においておいて欲しい。部活をやめてから、或いは成人してから、或いは就職してから太った…という人については自己管理で片づけられるのだけど、最初からそうだったのだから仕方がないじゃないか…!

 さらに付け加えるなら、自宅から学校までの距離が異常に近かったのもいけない。どのくらいかと言うと100メートルだ。1分かかるかかからないかくらいの距離…! それが小学校っ・・・! さらには中学校までの距離だったのだ(小中隣接)。だからもう日常の中で運動する機会が皆無。本当に皆無。小学校の時なんか学校が終わったらファミコン三昧だったし、運動しないことで運動が嫌になるという悪循環。どうにもこうにもI can notだった。 だから、マジで学校の体育の時間くらいしか運動してなかった。物心つく前から肥満同様に生まれてきた家だって選べないんだから仕方がないよね?
 そういうわけで、学校の通知票には当然の如く、「肥満傾向」という赤い判子が押されていたわけなのである。今考えれば酷い仕打ちだよ。人権侵害だよ。

 …うん、まあわかってる。物心ついた時から太っていたのであれば、気づいた時に痩せようと決心しろっていう話だよ。障害は乗り越える為にあるんだよ。だけど、目の前に出されたご飯は美味しく頂かなければならないわけであり。食べ物を粗末にするな、と教えられた僕は食べて良いと視認したものは片っ端から食べていた。やたらと食べ物に執着したのは三兄妹のおかず戦争があったからだ。大皿で出される食事を即座に分割し、その分け前よりも多く食べようとすれば即座に兄妹喧嘩。「おまえ、おかずばかり食べてないでご飯食べろよ!」というセリフを僕は何回言っただろう。

 まあ今考えてみれば食べる量はそんなには問題なかったんですけどね。そりゃあLサイズのピザを完食とか、エベレストラーメン完食とか、行き過ぎたら駄目ですけど、子供時代ってのは成長期ですからある程度の食事量は無問題。給食をお代わりしようが、ご飯3杯食べようが問題なし! 問題なのは運動量。これが駄目だったわけです。

 はてさて、中学になってからもその事実に気付くことができない僕はデブのままで居続けたのであります。部活は? と思われるかも知れないが、運動苦手というのがトラウマだったので科学部だった。本当にももう、心の底から、心底、超絶、セドナメソッドといえる程に、運動が! 苦手! 嫌い! どっかいけ! というレベルに嫌だったのだ。これはあくまで僕視点の話であるから詳細はわからないのだけど、ドッジボールであるとか、ポートボールであるとか、バレーボールであるとか、そういうので常に足を引っ張っていたのが辛かった。迷惑をかけて申し訳ないって感じだったし、出来ることなら競技に参加したくなかった。そうなってくると、みんなの目線が怖くなる。足手まといくるな、俺と一緒のチームになるんじゃねえ、迷惑! 邪魔! 余計! そんな心の声が僕を囲繞して、益々トラウマになってしまったのだ。

 そんな中で最高峰に嫌だったのがマラソン。当然の如く、僕はビリから2位とか3位とかそのくらいの位置だった。毎年、授業で10回くらい走らされるんだよね。距離が3キロでタイムが18分30秒くらい。笑笑笑wwww って感じのタイムかも知れないけど、当時の僕は糞真面目に走ってました。全力疾走です。もてる力の限りを尽くして18分30秒。マジです。3キロ走るのに要するタイムが18分30秒です。よくさ。授業の場合って手を抜いて走ってる人いるでしょ? 僕毎回真面目に走ってましたからね。それでもすげー遅いの。笑える。手を抜いて走っている人に適わないの。どんなに頑張っても18分が切れない。そこが限界だった。

 でね。僕視点だとすると僕遅い、しんどい、ってそこで終わるんだけど、全体を見つめる担任視点としては僕は相当やっかいな存在だったっぽいんだよね。まあ確かに一人が遅ければ授業全体に影響が出てくるわけであり、それはそれで困ったという話になる。だもんだから、僕はマラソンの授業においては常に先スタートを命じられていた。この先スタートっていうのは、みんながスタートするよりも5分くらい先にスタートするのね。みんなはその5分でウォーミングアップしたり、雑談したりするのだけど、僕は有無をいわさず強制スタート。嫌だって言ったこともあったんだけど、みんなに迷惑がかかるからってマジで言われましたからね。顔は笑ってたけど、目は本気だったから。なぜに嫌だったのかと言うと…まあ一人で先に走ってるってのは見せ物になってしまうわけで、とにかくみんなに見られているのが嫌だった。
 さらに嫌だったのがみんなが僕を目印にして走ってくるのが嫌だった。先にスタートしたあいつを追い越そう目線。まあ、早い奴は9分台とか、10分台とかのタイムでしたから、5分程度先にいっている僕は余裕で追い越されてしまうわけです。3キロしかないマラソンなんですけど、1キロ差を縮められてしまうわけです。それはもうね。嫌だった。俺が遅くて、みんなが早いのだから物理法則的に当然なのだから、仕方がないことなのだけど、それでもすげー嫌だった。これがどれくらい伝わっているのかわからないけども、あれから18年くらい経っている今でも嫌だったと思っているくらいだからもはや怨念の域とでも言えば少しは伝わるだろうか。

 そして、その矛先はなぜか担任に向かった。体育教師。あいつが良くない。あいつが俺を先に走らせるから俺が笑い者になっているんだ。実際笑い者になっていたのかどうかはわからない。ラグビーが好きで、いつも「One for All , All for One」を合い言葉に掲げていた。だけどなんだよ、この状況は。1生徒よりも1クラス。言ってることとやってることが違うじゃないか。クラスの為に俺は犠牲になったのか? ぶっちゃけ逆恨みなのはわかってる。逆恨みで何が悪い? サチコでどーだ? 担任のやっていることは民主主義におけるマキャベニズム。実に合理的。そうだそうだ。何も間違っちゃいない。俺が遅いのが悪いのはわかっている。しかし、この胸の内から沸いてくるどす黒い感情をどうやって押さえ込めばいいのか、その時の俺にはわからなかった。心境は『金田一』の犯人の黒い奴。「!?」とか出ている絵。そんな感じ。

 でもってね。その体育教師。学校のマラソン大会にも普通に参加するわけですよ。生徒のイベントなのに。付き添い的な感じとして。で、結構真面目に走って結構普通に早いの。なんかこれも嫌だった。当然ながら、僕は1キロ以上の差をつけられるのね。なんか毎日ジョギングとかしているらしく、それを常々言ってた。毎日ジョギングしているとか、今では珍しいことではないけど、当時はあまり聞かないことだったように思う。ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう。

 とは思いつつも、結局のところその後は何もなく中学生活は終わったのであった。人間、そう簡単には変われません。ボインゴもそう言ってる。それが真理。

 ………

 しかしまあね。人間生きていればなんとかなるもので、それが高校になると普通に痩せたのだからビックリですよ。今までのは何の話だったんだ? と思うかも知れないけど、それまで100メートルだった通学距離が一気に15キロになったのが大きいと思う。実に150倍ですよ。毎日1時間自転車を漕いでいれば、そりゃあそこそこ痩せるってなもんです。そういうわけで、逆上がりも二重飛びも出来るようになったし、3キロも13分台くらいで走れるようになった。でも懸垂は出来なかったよw(※ 今は出来ます)。

 そういうわけで、僕は高校以降、徐々に人間らしい心を取り戻していったんだ。

 だけど、暗黒期のトラウマはずっと残っていた。当時の担任はどちらかというと熱血教師で、優秀で、良い先生っちゃあ良い先生だったと思うのだけど、その一点で僕の評価は辛いものとなっていた。人間、どうでもいいことはよーく覚えているっていうけどホントそうだね。でもってこういう場合って、相手は自分のことを忘れてるんだ。100%。うけるよねえ。

 ………

 そんなこんなで10数年の歳月が流れたのであります。僕はオッサンと呼ばれる年齢になり、暗黒期のトラウマを精神を歪ませるという荒技で克服し、一言で言えばとても捻くれた人間になってました。物理的に存在するものからしないものまで、ありとあらゆるものに対して、屈曲した見方をするようになり、また自分自身さえも屈曲することで、アイデンティティを確立したわけです。なぜなら、そうしなければゲシュタルト崩壊してしまうと思ったからです。

 ………

 そんなある日のことでした。

 僕は当時の担任が毎年県民マラソンに出ているという噂を耳にしたのです。当時、30歳くらいの担任だったから、今は45歳くらいになっているだろうか。新聞に氏名とタイムが載っていたので確認してみるとマジでした。ハーフマラソン(21キロちょっと)で1時間36分くらい。僕は化け物だと思った。毎日ジョギングがまだ続いているのだと思った。毎日ジョギングをし、毎年県民マラソンに出場し、毎回それなりのタイムで走っている。それを10数年続けているという。これはなかなか出来ることではない。

 そして思ったのだった。当時、手も足も出なかったこの担任にもし勝つことが出来たとするなら、僕はこの屈曲した心から脱却し、完全なる意味で暗黒期のトラウマから解放できるかも知れない、新しい人生への道が開けるかもしれない──と。…や、普通は思わんよね。その思考回路そのものが屈曲している証だよね…。飛躍しまくってるよね…。

 しかしながら、僕は決心してしまったのだ。この糞担任を負かしてやると! ひよっこだった俺がリベンジしていやる! と。だからもう必死に走り込んだ。ハーフとか走ったことなかったけど、何回か練習した。てゆーか、ハーフってめっちゃ長かった。1時間以上走り続けたという経験がなかったから、相当しんどかった。10キロとかそのくらいの距離であるなら心肺機能であるとか、脚の機能だとかでその辺りの器官を上手くつかって誤魔化して走ることができたのだけど、ハーフとなってくると全身の器官をバランスよく使うことが求められる。じゃないと、全身がミシミシとなってとてももたない。
 365日のうち、350日くらいは走った。年間で3000キロくらい走り込んだ。土砂降りの雨が降っている日、風邪をひいた日以外は全て走った。出かけていて暗くなって帰ってきた日も走った。山形に行った日も走った。全ては担任をギャフンと言わせる為だった。や、一方的にやっているのはわかってる。全ては自己満足だと。だけどその自己満足がいいんじゃないか。自己満足こそが愉悦なのだ。実際にギャフンを言うかどうかはわからない。てゆーか、ギャフンって言った人間を僕は見たことがない(お約束)。

 ………

 決戦当日。毎年、定期的に出場し続けている担任に一方的に挑戦するだけという話なのだけど、それでもなんだかワクワクした。スタート地点でウォーミングアップをしている担任を探しだし、話しかけ、…まあ俺の名前は忘れていたのだけど、俺のことは覚えていたから問題なし。てゆーか、逆の立場だったら絶対名前なんて忘れているだろうしな! …(涙)

 そして宣戦布告! 勝ちますよ! と。

 僕は親指を突き出して、歯を輝かせて言ったのだった。

 ………

 もう既に糞長くなってしまったので結論だけ書くが、俺は先生に勝った。ハーフマラソンで勝った。1分くらいしか差を付けられなかったけど、それでも勝った。俺が1時間36分くらいで、先生が1時間37分くらい。当時は手も足も出なかった担任に勝利した。あの先生に勝ったのだ。そりゃあ、大分年齢を重ねたかも知れないけど、やってやったのだ。つーか、マジでギリギリだったけど! 道中、俺は常に先行しそのまま逃げ切るという戦法をとったのだけど、いつ後ろから追い抜かれるんじゃないかとドキドキしたんだけど! でもまあ勝ったのだ! やった。やっほーい。

 が、空しかった。まるで、ウヴォーギンを殺したクラピカの心境だった。楽しかったのは、「勝つぞ!」と決めて、練習して、勝った後の姿を想像していた時の方だった。

 レースが終わった後、先生は俺に対して「負けたよ」と言った。だけど、なぜかその言葉は俺の中に響かなかった。俺が聞きたかったのはそんな言葉だったのだろうか。体育の教員として、肥満児だった教え子に15年後にマラソンで負けるとはどんな心境だったのだろうか。教え子に超えられるというのは、それはそれで嬉しかったりするのだろうか? それとも「よりにもよってコイツかよ!」みたいな感じだったのだろうか。なんだか様々なことが脳内を駆けめぐった。

 当然のことながら、僕の溜飲が下がる筈もなく。溜飲なんてあったのかどうかもあやふやになり。そこで僕の思考は終わったのであった。

 結論:復讐は空しい

 蛇足:もしこの文章を読んでいる人の中で、肥満で運痴の小中学生がいたら、今は駄目かも知れないけど、割とどうにかなるよ?


2007年08月30日 / 一人で回転寿司に行く

 こないだ初めて一人で回転寿司に行ったんですよ。

 ガラっと店に入って、姉ちゃんが「何名様ですか?」って訊いてきて、みりゃわかるだろうって心の中で突っ込みながら「1名です」って一本指を立てて言ったの。結構恥ずかしかった。

 中には家族ずれが結構いたのだけど、一人で来ている客はなし。うん、なんか窮屈な感じ。周りから「俺はもう食べられないよー」「きゃははー」「ワイワイガヤガヤ」みたいな暖かい会話が聞こえてくるから余計に惨め。でも、お寿司食べたかったんだもん。でも、一緒に行くような人が見つからなかったんだもん。だから、一人で入ったんだもん。

 で、寿司を食べ始めたのだけど、なんか美味さを感じない。ぶっちゃけさ。微妙に緊張していたのね。一人で入ってるという事実が俺の味覚中枢を駄目にしていたの。うまくないうまくない。

 そんな感じでさ。食事をしていたわけなのだけど、そしたらさ。同じように一人の客が入ってきたの。二つとなりの席に座ってさ。堂々と食事を始めるのよ。俺は思ったね。「コイツはベテランだ」と。

 30代くらいの男性なんだけど、なんか普通に店員に向かってオーダーしているし。「ズワイガニとアナゴとハンバーグ」とか言ってるし。おまえ、ハンバーグってなんだよ。そんな邪道なネタをオーダーしているんじゃねぇよ。とか思ったね。

 そしたらさ。同じように一人の客がまた来たのよ。そこで俺は思ったの。一人で回転寿司ってそんなに寂しくない? むしろ普通にありなの? って。

 いやさ。回転寿司っていうと、ファミリー向けっていうイメージがあるじゃない? ファミレスみたいな感じの客層を狙っていると思うの。だから、俺は一人で入るのがとても怖いと思っていたの。

 だけどそれは違ったのね。一人で回転寿司はアリなんだと認識を改めたの。

 そんなことを考えていたらさ。さっきハンバーグ頼んでいた人。「茶碗蒸し一つ」とかまた頼んでた。茶碗蒸しってのは、なかなか出てこない発想だよね。確実にベテランだよね。

 なんかさ。そんな光景を見ていたら、さっきまで悩んでいた自分が馬鹿みたいに思えてきてさ。萎縮する必要なんかないんだ、僕はここにいていいんだ、って思ったの。だから、バクバク食べたね。オール1皿105円だったし、バクバク食べたね。

 そんなこんなでさ。11皿ほど食して俺も店を出た。なんていうか、清々しい気分だったよ。だから、一人で回転寿司は是非ともオススメしたい。確実に自分自身を高めることができるよ。


2007年03月05日 / 男が一人でクレープ屋さんに行きクレープを買う

 クレープが食べたくなったので、一人でクレープ屋さんに行って買ってきて食べました。一人でクレープ屋で買い物をするなんて、30過ぎたオッサンにとっては恥ずかしいことでしたが、作戦はなんとか成功を収めました。勿論、紆余曲折はありましたけどね! というわけで、以下はそのレポートです。

 ◎唐突にクレープが食べたくなった

 皆さんは唐突にクレープが食べたくなることがないだろうか? 僕にはある。甘い物が食べたくなるという話は良く聞くけれど、僕の場合はクレープと断定される。理由はわからない。恐らく、オーソドックスな甘味物の中で一番食べにくいものだからかも知れない。ケーキやだんご、ドーナツなどはスーパーやコンビニに行けば割と気軽に手に入るが、クレープは売っていない。いや、売っていることには売っているのだが、コンビニやスーパーのクレープではダメなのだ。クレープ屋さんのクレープじゃないと、ダメなのだ。そんな稀少さがクレープ欲求を生み出すのかもしれない。

 具体的に言えば、僕はクレープの皮が好きだということだ。あの皮が折り重なって生み出される層。彦麿呂風に言えば「デザートのグランドキャニオンやー」といったところか。それを噛み砕く感触が大好きなのだ。コンビニやスーパーのクレープではそれを堪能することができないのだ!!

 ◎町のクレープ屋さんで買う

 その店の名前を『モミリーウィッチ』と言う。ファンシーな名前ということで、ファンシーな店を想像されるかも知れないが、その名の通りファンシーなところである。そこに僕は一人でやってきた。なぜ一人なのかと言うと、友達がいないからである。買ってきてと頼む人もいなければ、一緒の行く友達もいない。それがテキストサイト管理人。…じゃなかった。

 さて。
 なぜこのクレープ屋に来たのかと言うと、他のクレープ屋を知らなかったからだ。勿論、スーパーなどにあるテナントの軽食コーナーにもクレープは売っている。しかし、そこで買うのはさすがに恥ずかしいと思えた。そこにいるのは親子連れ、婦女子のみで、オッサンなどは一人もいない。いや、荷物持ちに疲れたであろうオッサンが座っていることもあるが、兎に角買い物するには躊躇いのある環境であることには違いなかった。

 それにこの店は美味いと評判の店でもあった。味の面でも評価が高いということだ。――美味いと評判だから行く。…そんな民主主義的思想が自分にあったとは少々驚いたが、クレープテンプテーションにでもかかっていたのかもしれない。

 ◎店にやってきた僕。しかし、そこには驚くべき先客がいた

 クレープが食べたくなった。買いに行こう。さあ、行こう――。単純明快な思考回路の元、僕はクレープ屋『モミリーウィッチ』へとやってきた。しかし、そこには午後の2時という空いていそうな時間なのにもかかわらず、先客が四人もいた。やはり評判の店、侮れない。

 けど、僕は意を決して並んだ。というか、今更引き返せるか。開き直りである。人間、開き直ってしまったら強い。そう実感する。僕は強い。周りの目も気にならない。気にならない。一人でクレープを買いに来るオッサン。気にならない気にならない。南無阿弥陀仏…。

 と、ここで僕はある事実に気付いた。並んでいた四人の内の一人が男性だったのだ。スーツに身を包んだバリバリのサラリーマンっぽい容姿の彼は、一人でクレープ屋に並んでいるのにも関わらずとても堂々としていた。

 ――ベテランだ。

 僕は直感した。男が一人でクレープ屋というのは普通にありなのか? とさえ考えてしまった。この男性の威風堂々とした様を見ていると、僕という人間がとても小さく思えて情けなくなった。クレープ屋に一人で並ぶことなんて、ちっとも恥ずかしくないよって。そう思えた。立派だった。

 けどやっぱり他に並んでいる女性の視線がこちらにチラホラ、チクチク。

 (あら、あの子、一人でクレープを買いに来たのかしら?)
 (いやねえ。男が一人でクレープを買うなんて)
 (そうそう。クレープというのは女の食べ物よ)
 (そうよねえ。オホホホホホ)

 視線はそう語っているかのようだった。僕はたまらず赤面して俯いた。しかし、そんな状況下でもスーツの男性は動じていなかった。女性の視線は間違いなく、スーツ男性にも向けられていたが、まるで気にしていなかった。

 ――ベテランだ。

 再びそう思った。僕は彼がとても格好良く思えた。

 一人、二人と列が消化され彼の番になった。彼はまるで英国紳士のような淀みのない華麗な足取りで、注文へと向かった。効果音を付けるとするなら、間違いなく「スッ……スッ……」という具合だったろう。そして、言った。

 「生小豆ロール一つ。トッピングは白玉で。お持ち帰りじゃなくていいです」

 ――何もかもが完璧だった。通としか思えないメニューチョイス、淀みのない発音。無駄のない注文の仕方。しかも、お持ち帰りの否定。言われてもいないのに否定するなよと。

 見ると、並んでいた女たちがクスクスと笑っている。そりゃあ、そうだろう。英国紳士が生小豆ロールにトッピングの白玉だ。日常の中の非日常という感じで、アンバランスな面白さがそこにはあった。しかし、彼はそんな揶揄目線をまったく気にしていなかった。

 自分の世界。ATフィールド。注文の品を受け取ると、それを右手に持ったまま、英国紳士の足取りで町へと消えていった。

 ――僕はなんて矮小なオッサンなんだ、と思った。まったく下らないことで、恥ずかしがっていたものだと。別に一人でクレープを買ってもいいじゃん。お持ち帰りをしてもいいじゃん。トッピング白玉してもいいじゃんと。

 そんなこんなで僕の番が回ってきて、覚悟を決めた。堂々としていればそれでいいんだと。男らしく注文して受け取って帰ればいい。周りの目なんか気にするな。よーし、行くぞ。

 「フレッシュ苺生クリームいちごクレー……あ、とにかくそれ下さい(メニューを指さす)」

 うん。噛んだ。恥ずかしかった。赤面した。注文の品を受け取って、そのまま店員の顔や店の様子を見ることもなく、逃げるように帰ってきちゃったさ。

 ◎まとめ~買ってきたので食べる

 なんだかんだあったわけだが、お持ち帰りのクレープはとても美味だった。皮の歯応えとクリームと具材の三重奏は感動さえ覚えた。ぶっちゃけ、衝動的に食べたくなったものを食べたのだから美味いに決まっているわけだけどね。まッ、これは人間ではなく動物の行為なんだけどさ! 本能に従っているだけに爽快感は最高だったさ! ああ、そうさ!!

 ~この文章を読んでいるクレープ好きの女性へ~

 オッサンは恥ずかしい思いをしながらクレープを買っています。もし、店で一人でクレープを買う男がいたら、その人はとても恥ずかしがっていると思ってください。勿論、例外もあるでしょうけど、大抵は恥ずかしい思いをしている筈です。けども、それくらいまでして食べたいということを認めて欲しいのです。だから、笑わないで微笑ましい笑顔でその行為を見逃してあげてください。見てみないフリをしてあげてください。

 そして、もしそれがもみ上げのちょっと長い、目つきの悪い、テキストサイトを運営してそうなオッサンだったら、「ひょっとして、ほいみんさんですか?」と声をかけてみてください。もしそうだったら、喜んで「そうです」と答えましょう。

 僕はクレープが大好きです。このテキストを読んで、クレープが食べたくなったと思って頂けたらとても嬉しいです。長いこと読んで頂きありがとうございました。